episode2 距離感
次の日、宣言通り諒は来なかった。優の説得は効かなかったようだ。春翔と茜の姿は見えてほっとする。休み時間が短いこともあって学校では中々話したりすることができないが、放課後は基本みんなで帰るようになっていた。その日の学校もあっという間に終わり、ホームルーム。先生の目を盗んでスマートフォンをこっそり見れば通知が来ていた。
”雨降ってるから諒の家に集合で。俺はレポートあるから遅れる”
春翔から送られてきたグループのメッセージを見て窓の外を見れば、さっきまで降っていなかった雨がザーザーと音を立てて降っていることにようやく気付いた。
”私もレポートあるから遅れる”
定時制は進路が3年コースと4年コースで分かれている。私はまだ1年なので仕組みをよく知らないのだが、3年コースの場合は2年生と3年生は月に何回か放課後に残ってレポートを書いて提出しなければならないらしい。茜と春翔は3年コースなので今日はレポートがあるらしく残るようだ。とは言っても私も傘を持っていないから帰れそうにない。小雨になるまで待つしかなさそうだ。
”傘持ってきてないし様子見て行くから遅くなるかも”
そう送ると優から返事がきた。
”俺が迎えに行くよ。今丁度近くにいるから”
申し訳ないがお言葉に甘えることにする。お願いのメッセージを送ると丁度先生の話が終わったようでみんなが席を立つ。私もスマートフォンを直して席を立った。係が号令をかけ挨拶をすると、私は鞄を持って玄関に行き優を待った。5分程待つと優がこちらに来るのが見えた。
「ごめん、遅くなった」
「全然。ありがとう」
優が持っている傘の中に入り、諒の家に向かう。
「雨降るなんて思ってなかった」
「天気予報雨だったよ?見なかったの?」
「見てない。優って本当にお母さん気質だよね」
そんな雑談をして歩きながら、ふと前から疑問だったことを聞いた。
「ねぇ、春翔はなんで優と同じ高校に行かなかったの?中学のときから仲良かったんでしょ?」
「俺と同じだと進学を前提にしてる学校っていうのもあって、卒業して就職する人は少ないからじゃないかな。春翔は就職考えてるし。それにバイトの掛け持ちもできないし」
「そっか。春翔は中学のときからバイトしてたんだもんね」
「うん。家の為にあいつはずっと頑張ってるから」
「あんまり自分の話してくれないから分からないことだらけで」
私の言葉に優は隣で優しく微笑んだが、どこか寂しい表情に見えた。
「そういえば、なんで近くにいたの?」
「塾行ってた。丁度終わって諒の家に向かうところだったんだ」
「そっか。勉強ばっかりで疲れてない?」
「もう慣れたよ」
そう笑う優。笑うと笑窪ができて可愛い。元々女の子らしい顔立ちなのもあって女の私も面食らうくらい可愛いときがある。弱音は絶対に吐かず、私たちが弱音を吐けばむしろ前向きに励ましてくれる優は本当に強くてかっこいい。そこが欠点にもなるのか、そのせいで中学のときは偽善者と言われ、一部の人間からいじめられていたことがあったそうだ。親からの差別や友達との関係を考えれば多少ひねくれたりしてもおかしくないのに、ここまで綺麗な心を持っているのは優の優しさと強さ、春翔の存在があってのことだと思う。優も春翔もお互いのことを尊敬し合っているのを見ると2人の絆はきっと周りには想像できない程強いものなのだろうと感じる。
「その髪色怒られない?」
「最初は怒られてたけどね。俺が黒に戻さないから今は何も言われない。お母さんにはたまに嫌味言われるけど」
そう言って優が笑う。優は穏やかな雰囲気で溢れているけど実は男らしくて、自分のしたいことは絶対に曲げない頑固なところがある。俺は俺のしたいことをするんだと言う優の強さは私の憧れだった。それからも特に意味のない会話をして歩いていると諒の家に着いた。
「ただいまー」
そう言って中に入ると「おかえり」と言いながら諒が部屋から出てきた。毎日のように来るせいでか、諒はただいまと言っても何も言わなくなった。
「今日たこぱするらしいよ」
「いきなりだね。材料あるの?」
「茜と春翔が帰りに買ってくるって」
茜と春翔を待ってる間、私たちはゲームをして時間を潰した。1時間くらいしてからだろうか。ドアが開く音が聞こえ、ゲームを中断して玄関に行くと茜と春翔がいた。
「材料買ってきた」
持っている袋を上げてアピールする春翔。お腹すいたから早くしよう、ともう我慢ができない様子の優が言った。
「男子はテーブルの上片付けて。私たちは材料準備するから」
こういうときはやたらやる気になるのが茜だ。今も帰ってきてすぐなのに髪を括り始める。私も袖を捲り準備すると、男子もそそくさと後ろで準備を始めた。食欲旺盛の諒は沢山食べるので多めに材料を用意する。テーブルの上も準備が整ったようで、早速生地を流し込み、好きな具材を入れていく。
「あ、茜がまたタコ食べた」
「無くなるじゃん。もう食べるの禁止」
「タコは醤油につけて食べるのが1番美味しいんだよ」
「具材無くなるだろ。あ、諒もウィンナー食べるな!」
外で降っている雨の音など聞こえなくなるくらい騒がしくなる部屋の中。少しすればできあがってきて、くるくるとみんなでたこ焼きを回す。不格好になったり、上手な円形にできたり、いろいろな形ができあがって「下手くそー」「お前店開けるよ」などと言い合いながらお皿に移すと、熱々のたこ焼きにそれぞれで好む味付けをして頬張る。
「あっつ!」
「猫舌は可哀想だよな」
舌を火傷して痛がる茜を横に美味しそうに食べる春翔。「タコか。ウィンナーが食べたいな」とウィンナーのたこ焼きを欲しそうにする優。黙々と食べていく諒。マイペースに進むこの空気感が私は好きだ。
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「お腹いっぱい!」
少し膨らんだ自分のお腹を撫でる。結構食べてしまった。
「美味しかったね」
「次は焼肉!」
次の予定を立てていると茜が小さい声でぽつりと呟く。
「明日休みたい」
「お前いつもそれ言う」
茜の言葉に春翔が釘を刺す。
「まだ月曜日とか信じられない」
「確かに月曜日って感じはしないね」
「たこぱしたからでしょ」
そんな話をしながら片付けをする。もう帰らないといけない時間なことに驚く。やっぱりこの4人といると時間が経つのがあっという間だ。
外に出ると雨は止んでいた。
「お邪魔しましたー」
「じゃあ、また明日」
「また明日ね」
そう言って諒の家を後にする。茜は帰り道が違うのですぐに別れた。優と春翔と3人で午前2時過ぎの夜道を歩く。さっきの雨のせいか、湿気が凄い。
「楽しかったね、タコパ」
「うん。美味しかったし」
「計画したの俺だから感謝しろよー」
「いきなりだっただろ」
目線を少しだけ春翔に向ければ、優のツッコミに口を四角にして笑っている。
私は春翔が好きだ。出会って間もないけど、気付けば惹かれていた。ムードメーカーでリーダーシップな春翔は友達が多い。中学のときにみんなと上手くいかなかった優を気遣って、ずっと隣にいながらみんなとの交流も深めていたらしい。茜も諒も春翔が声をかけてくれたから今このメンバーでいられていると言う。私のときもそうだった。初めて話したあの日、帰るときに、また明日ここで集合な、となんの戸惑いもなく言ってきた。少し話しただけだし、最初で最後だと思っていたから内心驚いたが、またみんなと話せるのかと思うとワクワクしたのを覚えている。
「じゃあ、俺はここで」
優がそう言って立ち止まる。
「おう。またな」
「またね」
手を振り優と別れ、また歩き出す。いつも最後は2人になるこの瞬間。その時間が嬉しくて、少し恥ずかしい。
「今日学校どうだった?」
「授業とレポートが面倒くさかった」
「でも、ちゃんと来て偉いじゃん」
「優が行けってうるせえもん」
不機嫌そうな顔で喋る春翔に笑える。優が曲がった曲がり角から大して離れていない距離にある私の家にはあっという間に着いてしまった。
「またね」
「ん。明日も頑張ろうな」
春翔が拳にした手を私の前に突き出してきたので私も同じようにして拳と拳を軽くぶつけて気合いを入れた。名残惜しいが手を振り、そのまま歩き出す春翔の姿を見送ったあと私は家に入った。
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