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フィアとの出会い

 ヴェレインでの依頼を終えた頃、リゼルが追っていた毒草商人の足取りが、常夜の国ノクトゥーラで目撃されたという情報がギルドの伝手から入った。リゼル一行は、次の目的地――一年中太陽が昇らない国、ノクトゥーラへと向かった。街は無数のランタンの灯りに照らされ、常夜の闇の中でむしろ賑やかだった。


 この国では「体内に灯る光」を信仰の中心に据えており、生まれつき魔力の弱い者は「光なき者」と呼ばれ、まともな職に就けないことが多いのだと、道中でリゼルが教えてくれた。屋台には、闇の中で淡く光る茸を煮込んだ「灯り鍋」が並び、湯気までもがぼんやりと発光していて幻想的だった。


 広場では、旅芸人の一座が芸を披露していた。火の輪をくぐる少女の身のこなしに、ゼロは思わず足を止めた。芸が終わると、少女は帽子を片手に観客を回り始めたが――その帽子を、柄の悪い男たちがひったくった。


「おいおい、こんな端金じゃ足りねえんだよ。約束の額、思い出させてやろうか」


 少女がキッと男たちを睨みつける。怯えは見せない、気の強い目だった。


「約束の額なんて、あんたらが勝手に釣り上げただけでしょ!」


「フィア、やめなさい」


 年配の座長らしき男が慌てて割って入るが、男たちはニヤニヤと嗤うばかりだった。ゼロはリゼルとカリナに顔を見合わせ、小さく頷いてから前に出た。


「その辺で、いいんじゃないですか」


「あん? 何だお前」


「通りすがりです。でも、女の子相手に大人数人がかりってのは、ちょっと格好悪いと思って」


 軽い口調とは裏腹に、ゼロの手にはうっすらと冷気が纏わりついていた。


「はっ、坊主一人で粋がるんじゃ――」


 男がゼロに詰め寄ろうとした、その瞬間だった。男たちの足元が、一斉に凍りついた。踝まで氷に呑まれ、身動きが一切取れなくなる。


「な、なんだこれ……! お、おい、動け! 動けよ!」


 慌てふためく男たちの周りに、通りすがりの人々が何事かと集まり始める。氷像のように立ち尽くす柄の悪い男たちの姿は、傍から見ればどこか滑稽で、くすくすと笑い声が上がった。


「か、金なら、もういらねえ! 放してくれ!」


「約束の額を勝手に釣り上げるような真似、二度としないなら」


 ゼロが淡々と言うと、男たちは何度も頷いた。


「し、しない! 二度としない!」


「ん、それなら」


 氷が、静かに解けていく。男たちは転げるように、その場から逃げ去っていった。集まっていた人々から、拍手と、隠しきれない笑いが起こる。背後で腕を組んで見ていたカリナも、口の端を僅かに上げていた。その一人の首元で、蛇が尾を飲み込むような紋様を象った小さな護符が、逃げる拍子にちらりと揺れていたが、それに気づいた者は、まだ誰もいなかった。


「助かった、けど。あんた、変な魔法使うのね」


 帽子を拾いながら、少女――フィアはゼロをまじまじと見た。緑色の髪を無造作に結わえ、物怖じしない、好奇心いっぱいの目だった。それから、ゼロの後ろに控える二人にも視線を移す。


「連れ、多いんだね。護衛か何か?」


「まあ、色々あって」


「フィアっていうんだ。旅芸人一座の何でも屋――歌に、踊りに、力仕事まで、なんでもやるの。よろしくね、お兄さん」


「ゼロです。よろしく」


「にしても、さっきの連中、座長が変な借金背負ったせいでね。……って、初対面でこんな話しちゃダメか」


 あっけらかんと笑うフィアだったが、その笑顔の端に、一瞬だけ疲れのようなものがよぎるのを、ゼロは見逃さなかった。


 翌日、フィアは一座を抜けて自分たちに同行すると言い出した。座長は最初渋ったが、やがて根負けしたように小さく笑った。


「……お前まで、この落ちぶれた一座に付き合わせるわけにはいかねえよ。借金のことなら、こっちで何とかする。行けるうちに、行きな」


 その言葉に、フィアの意志はますます固くなった。


「あたし、ずっとこの国の外で芸をしたことがなかったの。だから、ついていく」


 フィアは、リゼルに向き直った。


「歌も踊りも、力仕事もできる。旅の路銀くらい、あたしが稼ぐ。借金の足しに、仕送りもしたいし」


「危険な旅よ」


「知ってる。昨日、あんたたちがどういう人か、見せてもらったから」


 軽い調子で笑ってから、フィアは少しだけ声を落とした。


「――それに、あたし『光なき者』でさ。この国じゃ、いくら芸を磨いても、まともな一座には入れてもらえない。だったら、外の世界を見てやろうと思って」


 道中リゼルから聞いた話を思い出し、ゼロは思わずフィアを見た。何か聞こうとして、けれどやめる。根掘り葉掘り聞くようなことじゃないと、直感で分かったからだ。


 リゼルは少しだけ眉をひそめ、それから小さく息を吐いた。


「……足を引っ張らないこと。それが条件よ」


「任せて!」


 カリナも「賑やかなのは嫌いじゃない」と、あっさり受け入れた。出立の朝、座長は古びた帽子をフィアの頭に被せた。「一座の看板だ。持っていけ。……いつでも帰ってこい」。フィアは何度も振り返りながら、大きく手を振った。こうして、旅の仲間はこれで四人――ゼロ、リゼル、カリナ、フィアの一行になった。

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