氷翼
――それは、五年後のことだった。
空を裂くように、白い翼が飛んだ。
眼下に広がる小さな村では、魔物の群れが家々を襲い、逃げ惑う人々の悲鳴が上がっていた。誰もが、もう間に合わないと思った、その瞬間。
「――ギィィィン!」
甲高い金属音と共に、降り立った剣が魔物を一刀両断にした。舞い散る氷の欠片の中、白い翼を広げた青年が、音もなく地面に着地する。かつての白を基調にした軽装はもうなく、革と布を重ねた、剣士めいた実戦的な出で立ちに変わっていた。
「大丈夫か」
短くそれだけ言うと、青年は次の魔物へと向き直った。剣は瞬く間に槍へ、槍は弓へと形を変え、群れを一体、また一体と鮮やかに片付けていく。
村人たちが、呆然とその光景を見つめていた。
「――あれが……」
「氷翼の魔術師……!」
「本当にいたのか……!」
囁きが、驚きと共に広がっていく。
騒ぎが収まった頃、上空から一隻の小型飛空艇が慌ただしく降りてきた。
「――また一人で行った!」
タラップを駆け下りてきたフィアが、頬を膨らませて詰め寄る。その後ろから、剣を腰に提げたリゼルが、額に手を当てながらため息をついた。
「ゼロ、いい加減にして」
「時間がなかった」
ゼロは涼しい顔でそう答えた。背中の翼が、役目を終えたように音もなく解けて消えていく。
「だからって一人で行かないで! 何かあったらどうするの!」
「悪い。でも、間に合ったから」
リゼルが眉を寄せた。
「間に合ったからって、いいわけじゃないでしょう」
そう言いながらも、リゼルは、ゼロの手をそっと握った。恋人になった今も、この心配性だけは、少しも変わっていなかった。
ゼロの胸元には、擦り切れた小さな手帳が差し込まれている。何度も書き足され、角の丸くなった頁には、リゼルの几帳面な字で、二人の旅の記録がびっしりと綴られていた。
村人たちが遠巻きに、そのやり取りを微笑ましそうに見つめていた。かつては名もない旅の少年だった青年は、今や「氷翼の魔術師」として、大陸のあちこちでその名を知られるようになっていた。
だが、ここに至るまでの道のりは、決して平坦なものではなかった。
――遡ること、五年以上前。まだ全てが手探りだった、あの頃の話だ。




