決着
第二十六章 終幕
目を覚ますと、崩れ果てた神殿の残骸の中だった。
「――ゼロ! 気づいた!?」
フィアの声に、重い瞼を開ける。全身が鉛のように重く、指先の感覚がまだ戻り切っていなかった。
「リゼルは……」
「生きてる。深い怪我だけど、峠は越えたって、さっき医者が」
安堵の息をつく間もなく、ゼロは崩れた天井の隙間から見える空に、言葉を失った。
赤黒い光の帯が、地平線の彼方まで、まるで傷跡のように空を裂いていた。あの光の柱が駆け上っていった先――そこには、消えることのない亀裂だけが残されていた。
「……あれは」
「分からない。あたしにも」
その後に届いた報せは、どれも最悪のものばかりだった。ヴェレインでは、浮遊石の力が大きく乱れ、都市の一角が地上へと落下したという。ノクトゥーラの常闇には、光の帯の反射が差し込み、長年守られてきた信仰の均衡が崩れ始めているという。フロズグラードの氷海は、季節外れの解氷が止まらず、漁で生計を立てていた人々が住処を失いつつあった。
「――止めきれなかった、ってことだな」
ゼロの声は、掠れていた。
「儀式は、最終段階に入っていたと、ゾルグは言ってた。俺たちが辿り着いた時には、もう」
「あなたのせいじゃない」
リゼルの声だった。手当てを受けながらも、気丈にそう言い切る。
「あなたが止めなければ、もっと酷いことになっていた。始祖様とやらが、完全な姿でこの世に降りていたはずよ」
「……それは、慰めか」
「事実よ」
それでも、目の前に広がる光景は、慰めだけでは覆い隠せないほどの傷跡だった。
ゾルグは、崩れた祭壇の下敷きになった状態で、意識を失ったまま発見された。かろうじて息はあったが、二度と目を覚まさないかもしれないと医者は言った。各国からの応援部隊が到着した頃には、事態はもう、ゼロたちの手に負えるものではなくなっていた。
「フィアの家族の手がかり、北方第三施設は――」
「……分からない。あの光の帯が、北の空にも走ってた。無事かどうか、確かめようがない」
フィアの声が、微かに震えた。積み上げてきたはずの希望が、一夜にして不確かなものに変わっていた。
「それでも」
フィアは、涙を拭って顔を上げた。
「探すのをやめるつもりはない。どんな世界になっても」
その言葉に、ゼロは黙って頷くことしかできなかった。
数日後、ゼロたちは、変わり果てた大陸の姿を目の当たりにしながら、次に進むべき道を探し始めていた。ヴァンダールの再建も、フィアの家族探しも、全てが振り出しに戻ったわけではないが、思い描いていたものとは、まるで違う形になっていた。
「――守れる強さって、何なんだろうな」
ゼロがぽつりと呟いた。
「今の俺たちに、何ができるのか、正直、分からなくなってる」
「分からないなら、また探せばいいでしょう」
リゼルが、痛みを堪えながらも、しっかりとした声で答えた。
「一度で全部守れるほど、世界は甘くない。それでも、私たちは、まだ立っている」
赤黒い光の帯が走る空の下、三人は、変わってしまった世界を見上げた。
――《終環》の真の目的も、ゾルグの更に上にいる何者かの正体も、まだ何一つ明らかになっていない。
旅は、まだ終わらない。ただ、これまでとは全く違う意味で、旅は続いていく。
――同じ頃、応急の野戦病院。
意識を失ったまま運び込まれたゾルグの傍らに、誰にも気づかれることなく、一つの人影が音もなく現れた。
「――随分と、無様な結末だな。ゾルグ」
答える声はなかった。ただ、意識のない顔に、影が静かに顔を寄せた。
「だが、及第点はやろう。世界に、確かに罅を入れた。……あとは、育てるだけだ」
それだけを言い残し、影は音もなく消えた。
野戦病院の医師が異変に気づいた時には、ゾルグの容体に変化はなく、ただ彼の枕元に、誰が置いたとも知れない、蛇が尾を飲み込む紋様の描かれた小さな護符だけが残されていた。
――《終環》の本当の目的は、まだ何一つ、その姿を見せていなかった。




