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決戦

 夜明けと共に、三人は神殿の門をくぐった。外の赤い空とは裏腹に、内部は不気味なほど静まり返っていた。壁一面に刻まれた蛇の紋様が、燭台の揺れる炎の中で、うねるように見える。奥へ進むほど空気は重くなり、肌を刺すような魔力の気配が濃くなっていった。


 幾つもの回廊を抜けた先、巨大な祭壇を前にした最奥の広間で、ゾルグは静かに待っていた。老いてなお鋭い眼光を持つ、痩せた男だった。首元には、火に炙られて縁の溶けた、古い金属の首飾りが下げられている。かつて、何かの村で使われていた家紋入りの装身具だったのだろうと、一目で分かった。


「よく来た。話は、ヴェイルから聞いているな」


「……あんたは、何がしたいんだ」


「単純なことだ。私の故郷は、かつて始祖様の力が暴走した炎で消えた。あの日、家族も、友も、全てを失った」


 ゾルグは首飾りにそっと触れた。


「これは、妻が焼け跡から拾ってくれた、村の紋章だ。……その妻も、今はいない。村の名前を知る者すら、もう私以外にいない」


 声が、一瞬だけ揺れた。それでも、すぐに元の硬さを取り戻す。


「始祖様さえ戻れば、この歪んだ世界を、あるべき姿に戻せる。もう、誰の村も焼かれずに済む」


「それのために、何人の人間を犠牲にした」


「必要な代償だ」


 ゾルグの声に、迷いは一切なかった。それが、かえって恐ろしかった。


「――ネスラは、死んだ。あんたの『必要な代償』とやらに含まれてたのか」


 その名を出した瞬間、ゾルグの表情に、初めて明確な陰りが差した。


「……ネスラは、私が拾った子だ。行き場のない者たちを集めて、居場所を作ってやった。それを、易々と『代償』などと片付けられると思うな」


「敵には容赦しないくせに、随分と都合がいいんだな」


「私の目的のために死んだ者たちには、責任がある。だが、私に付いてきてくれた者たちにまで、無駄死にだったとは、口が裂けても言わせん」


 その声には、確かな怒りと、隠しきれない喪失の色があった。矛盾を抱えたまま、なお前へ進もうとする男の姿が、そこにあった。


「――あんたの言ってること、分からなくはない」


 ゼロは静かに言った。


「俺だって、大事なものを守れなかった後悔を、ずっと引きずってる。でも、その後悔のために、他の誰かの大事なものを奪っていいわけじゃない」


「分かったような口を利くな、小僧が」


 ゾルグの声が、初めて感情を露わにした。悲しみとも怒りともつかない、長年抱え続けた何かが、その一瞬だけ滲み出ていた。


「――だが、お前たちに、私一人で相手をするとでも思ったか」


 ゾルグが指を鳴らすと、神殿の暗がりから、三つの気配が現れた。


「――カイム! イグナート! ヴェイルまで……!」


 リゼルの声に、緊張が走る。幻覚の幹部が酷薄な笑みを浮かべ、炎の幹部が肩を怒らせ、空間の幹部だけが、相変わらず静かな佇まいのまま、三人を見据えていた。


「――これで、終わりにしてやる。逃げ場はどこにもない」


 カイムの声に、フィアの表情が強張った。


 戦端が開かれると同時に、神殿全体が禍々しい光に包まれた。ゾルグ自身も強大な力を操ったが、それ以上に恐ろしかったのは、儀式によって呼び覚まされかけた始祖の残滓――形を持たない、圧倒的な「力」の奔流だった。加えて、三人の幹部が、それぞれの得意とする力でパーティを引き裂きにかかる。


「三方向から来るぞ! 一点に固まるな!」


 ゼロの声に、三人は反射的に散開した。フィアが祭壇の陣を崩しに回ろうとするが、カイムの幻術がすぐさま彼女を取り囲んだ。


「――また、幸せな嘘を見せてあげようか」


「――くっ……!」


 フィアが幾重にも重なる幻影に足を取られ、次第に判断力を奪われていく。リゼルがゾルグ本体を引きつけて動きを封じようとするが、ヴェイルの空間操作がその間合いを絶えず狂わせ、まともに攻撃を通せない。イグナートの放つ業火が神殿全体を焼き、逃げ場をさらに狭めていく。ゼロは残滓の本体を凍らせにかかるが、四方からの圧力に、身動きが取れなくなっていった。


「――ぐ……!」


 フィアが、幻影に押し潰されるように、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。


「フィア!」


「見捨てるのか、それとも助けに行くのか。選ばせてやろう」


 カイムが嘲るように言う。ゼロが一瞬迷った隙を、始祖の残滓が見逃さなかった。放たれた一撃が、隙だらけのゼロに向かって迫った。


「――危ない!」


 リゼルが叫び、体ごと割り込んだ。


 鈍い衝撃音。リゼルの体が、大きく弾き飛ばされた。


「リゼル!!」


 駆け寄るゼロの腕の中で、リゼルは荒い息をつきながら、それでも小さく笑ってみせた。


「今度は、ちゃんと守れた。……でしょう?」


「喋らないで、今、」


「いいから、聞いて」


 血の滲む唇で、リゼルは続けた。


「弟の時は、何もできなかった。ただ、守られる側だった。……でも今は、違う。私は、あなたを守った。それだけで、十分」


「――嫌だ」


 ゼロの声が、初めて震えた。


「そんな終わり方、俺は認めない」


 腕の中で、リゼルの意識が薄れていく。倒れたフィアは、まだ動かない。周囲では、始祖の残滓がなおも力を増し、ゾルグと三人の幹部が、静かにこちらを見下ろしていた。誰もが、もう間に合わないと思っていた。


 世界から、音が消えた。

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