託されたもの
イグナートとの戦いを終えた後、焼け跡の記憶を引きずったまま歩き続けるのも辛く、三人は久しぶりに大きめの町へ立ち寄った。だが、腰を落ち着けたのも束の間だった。
市場の一角、旅商人たちの間で交わされる声が、耳に引っかかった。
「――西の方じゃ、《終環》の拠点がいくつも潰されてるらしいぞ。役人でも討伐隊でもない、正体不明の連中の仕業だとか」
「聞いた聞いた。妙な噂だよな。皆殺しにするでもなく、ただ黙らせて回ってるって話だ」
聞き耳を立てていたリゼルとゼロは、思わず顔を見合わせた。
「――今の、まさか」
「宿に戻りましょう。ちょうど、確かめたいこともあるし」
宿の一室、ゼロは窓辺で自分の掌をじっと見つめていた。イグナートの問い――始祖を封じる者か、解き放つ者か――は、答えの出ないまま、ずっと胸に引っかかったままだった。
「あの問い、まだ考えてるの?」
リゼルが静かに尋ねた。ゼロは小さく頷いた。
「――まだ、答えが出ないので」
「答えなんて、今すぐ出す必要ないでしょう。分からないまま、今できることをやればいい。……それより」
リゼルが取り出したのは、ギルドの伝手を頼って宿に届けられた、一通の手紙だった。差出人は、カリナだった。
『息災か。噂話程度だが、耳寄りな話がある。西の傭兵ギルドで、ガレオンらしき男が、単独で《終環》の拠点をいくつも潰して回っているという話を聞いた。奴が何を考えているのかは相変わらず分からんが、少なくとも、お前らの敵ではなさそうだ。――カリナ』
「――一人で、拠点を潰して回ってる?」
「《終環》を見限った、とは言っていたけど……それだけじゃない、何か目的があるみたいね」
ゼロは手紙を読み返しながら、あの日ガレオンが去り際に言った言葉を思い出していた。――弱い奴は守れない。だが、その目は嫌いじゃない。
(あの人も、何かを守ろうとしてるんだろうか)
答えの出ない問いを抱えたまま、それでも旅は続いていく。数日の休息を終え、三人は再び荷物をまとめ、次の目的地――ヴェイルの手がかりを追う道へと足を進めた。
その道中、崩れた砦のような建物の前を通りかかった。壁という壁が、まるで巨人にでも殴られたかのように陥没している。焦げ跡はなく、ただ純粋な力の痕跡だけが残っていた。
「――これ、まさか」
「《終環》の紋様だわ。……ここも、潰されてる」
瓦礫の中を覗くと、争った形跡はあるものの、死体は見当たらなかった。降伏した者だけを縛り上げ、あとは建物ごと沈黙させる――そんな、妙に几帳面な暴力の跡だった。
「皆殺しにはしてない、ってことですね」
「ええ。……本当に、何を考えているのかしら、あの人は」
砦の外壁に、大剣で抉ったような跡で、簡素な文字が刻まれていた。
『弱い者から、守れ』
それだけの一文だった。誰に向けた言葉なのか、あるいは自分自身への戒めなのか、判然としないまま、ゼロはその文字をしばらく見つめていた。
「――俺たちと同じところを、見てるのかもしれませんね」
「敵か味方か、まだ分からないけどね」
リゼルの言葉に、ゼロは小さく頷いた。答えの出ない問いが、また一つ増えた気がした。
瓦礫の奥、崩れた資料室の跡で、フィアが焦げ残った書類の束を見つけた。
「――これ、収容者の名簿、みたいなやつ?」
震える手でめくっていくと、ある一枚に、聞き覚えのある家名が記されているのを見つけた。
「――あった……! これ、たぶん、うちの……」
震える声で、フィアが名簿の一部を指差す。所在地までは記されていなかったが、管理番号らしき記号と、「北方第三施設」という文字だけが読み取れた。
「北方第三施設……」
「手がかりが増えたわね」
「うん。……ありがと。あの無愛想な剣士にも、ちょっとだけ感謝しとく」
涙目のまま笑うフィアの肩を、ゼロはそっと叩いた。まだ道のりは長いが、確かに一歩、近づいた気がした。




