ゾウディア再び
西の国境の町は、以前見た橋の惨事とは違い、静かな緊張に包まれていた。住民たちは息を潜め、夜になると誰も外を出歩かない。
「探してる、ってどういうことでしょうね」
「分からない。でも――」
町外れの廃教会で、三人はついにその姿を見つけた。ゾウディアは、瓦礫の中を一人、丹念に何かを掘り返していた。
「――あんた、こんなところで何してるの」
フィアの声に、ゾウディアが振り返った。相変わらず表情は乏しいが、以前よりも、どこか落ち着きを失っているように見えた。
「……探し物だ。昔、私がまだ、感情というものを持っていた頃の記録が、この辺りの施設にあったはずだと聞いた」
「あんたが、自分のことを?」
「ゾルグ様には内緒だ。任務ではない」
淡々とした声の中に、初めて、ほんの微かな迷いのようなものが滲んでいた。
「――手伝おうか」
フィアの申し出に、ゾウディアは驚いたように瞬きをした。
「私は、お前の家族を苦しめた側だ」
「あんたも、苦しめられた側でしょ。……前に会った時、やけに詳しかったじゃない。あたしの体質のこと」
フィアがまっすぐにそう言うと、ゾウディアはしばらく黙り込んだ。それから、探していた記録のことを思い出したように、静かに口を開いた。
「――お前の一族と、同じ処置を受けたことがある。私自身も」
初めて聞く言葉に、フィアが息を呑んだ。
「感情を、うまく育てられなかった。うまくいかなかった、というだけの違いだ。……お前は、生き延びた。私は、これになった」
抑揚のないその一言に、これまでのどの台詞よりも、重い響きがあった。フィアはしばらく言葉を探してから、静かに口を開いた。
「……あんたが望んでああなったわけじゃないなら、あたしは、あんただけを責める気にはなれない」
ゾウディアが、ぽつりと問い返した。
「――どうして、そんなに簡単に、そういうことが言えるんだ」
「簡単じゃないよ。今でも、あんたのこと恨みたい気持ちはある。でも、それとこれとは別」
その時、廃教会の入り口に、黒い外套を纏った一団が現れた。
「――ゾウディア様。任務放棄、ですかな」
先頭に立つ男の声に、ゾウディアの体が硬直した。
「……見つかったか」
「ゾルグ様は寛大な方だが、限度がある。大人しく、こちらへ」
男たちの手には、見覚えのある拘束具――魔力を封じるための道具が握られていた。
「行かせません」
ゼロが前に出ると、ゾウディアが小さく首を振った。
「――いい。これは、私の問題だ」
「あんたの問題は、あたしの問題でもあるでしょ」
フィアが隣に並んだ。ゾウディアは、しばらく二人を見つめた後、初めて、微かに――本当に微かに――口の端を緩めた。
「……変わった連中だ」
言うが早いか、ゾウディアは自らの周囲の重力を反転させ、迫りくる男たちを一気に吹き飛ばした。
「今の内に。私が道を作る」
「――一緒に来ればいいでしょう!」
フィアが叫ぶが、ゾウディアは首を振った。
「私が消えなければ、奴らはお前たちを追い続ける。それに」
一瞬だけ、ゾウディアの声が揺れた。
「――探し物が、見つかったんだ。この瓦礫の下、幼い頃の私の記録。……感情が、確かにあった証拠がね」
崩れた壁の隙間、小さな身分証のようなものを胸に抱きながら、ゾウディアは静かに笑んだ。今まで見せたことのない、穏やかな表情だった。
「行け。今度は、他人事のようには話さない」
その一言を最後に、ゾウディアは自らの重力を極限まで圧縮し、追手ごと廃教会を崩落させた。土煙の中、フィアが叫んだ名前は、瓦礫の音にかき消されて届かなかった。
しばらくして、瓦礫の隙間から、ゾウディアの気配だけが静かに消えていくのが分かった。生きているのか、力を使い果たして消えたのか、確かめる術はなかった。
「――ゾウディア!」
フィアが瓦礫に駆け寄るが、そこにはもう、何も残っていなかった。ただ、小さな身分証だけが、瓦礫の隙間に挟まったまま残されていた。
フィアはそれを拾い上げ、しばらく黙って見つめていた。
「――『他人事のようには話さない』、か」
ぽつりと呟いた声は、震えていた。
「最後の最後で、ちゃんと、自分の言葉で話してくれた」
リゼルがそっとフィアの肩に手を置いた。ゼロも、何も言わずに隣に立った。
「あんたのこと、忘れないから」
フィアは身分証を懐にしまい、涙を拭って立ち上がった。
「――行こう。あたしの家族を、ちゃんと見つけるために」
その決意に、迷いはもうなかった。
重い旅が続いていたこともあり、三人はしばらく、《終環》とは無関係な、ただの旅人として過ごすことにした。
立ち寄った農村では、収穫祭を前に、用水路が土砂で塞がっていた。ゼロは詰まった土砂の下に薄い氷の板を差し込み、少しずつ持ち上げては、リゼルとフィアが土を掻き出していく。丸一日がかりの作業の末、澄んだ水が畑まで流れ始めた時、村人たちから歓声が上がった。
「――《終環》とか、幹部とか、そういうのと関係ない仕事も、悪くないですね」
「たまにはね」
収穫祭の夜、村人たちに交じって踊るフィアを眺めながら、リゼルがぽつりと言った。
「――こういう景色を、ヴァンダールにも取り戻したいのよね」
「取り戻せますよ、きっと」
「気安く言うのね」
「気安くないと、やってられないので」
リゼルは小さく笑った。祭りの灯りが、二人の横顔を暖かく照らしていた。
翌朝、名残惜しむ村人たちに見送られながら、三人はまた旅を再開した。




