それぞれの覚悟
《終環》という敵の輪郭が見え始めてから、旅の空気は変わった。三人はそれぞれ、自分が何のために旅を続けているのかを、初めて言葉にする夜を迎えた。
「私は、ヴァンダールを取り戻す。それだけよ」
焚き火を挟んで、リゼルが静かに言った。
「でも、故国が没落したのが本当に《終環》のせいなら――私はただ家を再興したいだけじゃなくなる。あの人たちが何をしたのか、突き止めなきゃ気が済まない」
「あたしは、家族」
フィアがぽつりと続けた。いつもの明るさが、少しだけ影を潜めていた。
「物心ついた時には、もう一座に預けられてた。『光なき者』だからって、実の親がどこかに引き取られていったって話だけ、聞いたことがある。……もしかしたら、って思う自分がいる。あの紋様と、何か関係あるんじゃないかって」
初めて聞く話に、ゼロは何も言えなかった。ただ黙って、フィアの言葉の続きを待った。
「大丈夫、湿っぽいのはここまで。あたしは深刻ぶるの苦手なの」
いつもの調子で笑ってみせるフィアに、リゼルが小さく苦笑した。
「――で、あなたは?」
矛先を向けられ、ゼロは少し考えてから口を開いた。
「俺は、自分の氷が何なのか、知りたいんです。剣の形になったり、こうして戦うたびに強くなっていったり……普通の氷魔法じゃないのは分かってます。でも、それが何なのか、誰も教えてくれないんです」
「知って、どうするの」
リゼルの問いに、ゼロはしばらく黙り込んだ。
「……分かりません。ただ、正体の分からないものを抱えたまま、大事な人を守ろうとするのは、なんだか怖いんです」
三者三様の目的が、焚き火の炎に照らされて、静かに重なり合っていた。誰かに命じられた旅ではない。それぞれが、それぞれの理由で、同じ方角を見ている。ただそれだけのことが、思いのほか心強かった。
ふと、ゼロが口を開いた。
「これって、まだ『護衛の仕事』なんですかね」
リゼルが、怪訝な顔をした。
「今更、何を言ってるの」
「いや……最初は、報酬をもらって、あなたを守るだけの仕事だったはずなのに。今は、俺自身が知りたくて、俺自身が追いかけてる。それって、護衛の範囲、超えてる気がして」
リゼルは、しばらく黙り込んだ。それから、小さく笑った。
「――今更、契約書の話をするつもり? それなら、報酬は据え置きよ。文句は受け付けない」
「そういうことじゃなくて」
「分かってる」
リゼルは、焚き火の炎を見つめながら、静かに続けた。
「あなたが、雇われたからついてきているだけじゃないってことくらい、とっくに分かってる。……それでいいのよ、別に」
それ以上、何も言わなかった。だが、ゼロの中で、何かがすとんと収まったような気がした。「護衛」という言葉が、もう自分の立ち位置を正しく表していないと、初めて、はっきり自覚した夜だった。
「――なら、決まりね」
リゼルが立ち上がり、剣の柄に手をかけながら言った。
「《終環》を追う。それぞれの目的のために」
「賛成」
フィアが元気よく手を挙げる。ゼロも、静かに頷いた。
その道すがら、宿場町で聞いた噂話が、頭の片隅に引っかかっていた。
「ヴァンダール国境の村で、得体の知れない病が流行ってるらしいぞ」
「聞いた聞いた。あっという間に村ごと弱っちまうんだと」
その時はただの噂として聞き流していたが、《終環》を追うと決めた今、その言葉の意味が、ずっしりと重みを増していくようだった。




