終環
旅の途中、ヴァンダール周辺の交易国家で、リゼルが探っていた「蛇が尾を飲み込む紋様」の正体を知る人物に出会った。元神官だった。
「あの紋様は……《終環》の印だ」
「シュウカン……ガレオンが言っていた名前か」
「終わりの環、と書く。奴ら自身は違う呼び方をしているらしいがな……古い魔法文明の残滓を集め、何かを――いや、誰かを、この世界に呼び戻そうとしている」
「呼び戻す? 何のために」
元神官は声を潜め、怯えを滲ませながら続けた。
「分からない。ただ、行方不明になる人間には共通点がある。強い魔力を持つ者ばかりだ」
その言葉に、リゼルとゼロは思わず顔を見合わせた。
「……もしかして、私たちが調べたあの村も」
「《終環》に、目をつけられていたのかもしれない」
「それに、もう一つ。東の方で、一夜のうちに丸ごと灰になった村があるという話も聞いた。生存者はいない。原因も分からずじまいだ」
元神官はそう付け加えると、身震いするように肩をすくめた。
「指導者の名は、ゾルグという。詳しいことは、私にも分からない。ただ――」
元神官は、震える声で言った。
「奴らの目的が果たされた時、この世界は今の形ではいられなくなる」
元神官がそう言い切った、その時だった。
酒場の入り口から、フードを目深に被った男が二人、迷いのない足取りで入ってきた。真っ直ぐに、元神官のいる席へと向かってくる。
「――ちょっと、囲まれてるよ!」
外を軽く見張っていたフィアが、窓から飛び込むように駆け戻ってきた。
「裏にも二人。多分、あの人を捜してる連中」
元神官の顔から、みるみる血の気が引いた。
「まさか、もう嗅ぎつけられて……!」
「話は後だ、動くぞ!」
ゼロは元神官の腕を掴み、席を蹴って立ち上がった。フードの男たちが、その動きに反応して懐に手を入れる。閃いたのは、鈍い光を放つ短剣だった。
「――リゼル、裏は任せた!」
「言われなくても!」
リゼルが素早く裏口へ回り込み、待ち構えていた二人の得物を、抜き打ちの一撃で弾き飛ばす。同時にゼロは、正面の男たちの足元に薄氷を這わせ、体勢を崩したところへフィアの拳が叩き込まれた。
「――クソ、逃げるぞ!」
逃げ際、フードの男の一人が、ちらりとゼロへ目をやった。驚いたような色はない。まるで、前から知っていたように。
体勢を崩した襲撃者たちは、深追いを避けるように、あっという間に夜の路地へと姿を消していった。追う間もない、鮮やかな撤退だった。
「……本当に、狙われてたんですね」
肩で息をするゼロに、元神官は震える声で頷いた。
「噂を漏らした者は、消される。……こんなに早く来るとは」
「あの紋様がどれだけ本気か、よく分かった」
リゼルが剣を鞘に収め、静かに呟いた。
その夜、宿の一室で、リゼルは静かに言った。
「私の故国の再建も、《終環》と無関係じゃないかもしれない」
「一緒に、調べましょう」
ゼロの言葉に迷いはなかった。窓の外、夜空に浮かぶ月を見上げながら、ゼロは静かに拳を握った。
(守りたいものが増えていく)
その実感は、恐れであると同時に、確かな力にもなっていた。




