ガレオンとの遭遇
レイムでの一件から数日、まだ誰の口数も少ないまま、一行は次の街道を進んでいた。ふいに、一人の男に呼び止められた。
大剣を背負い、隻眼に古い傷跡のある男だった。放たれる気配だけで、周囲の空気が変わったのが分かる。
「お前らの中に、変わった氷使いがいるって聞いてな」
「……何者ですか」
「ガレオンだ。それだけ分かりゃ十分だろう」
言うが早いか、大剣が一閃した。ゼロはとっさに剣で受けたが、衝撃だけで両腕が痺れた。
(――速い。それに、重い)
体勢を立て直す間もなく、二撃目が迫る。ゼロは咄嗟に氷の刃を生み出し、剣に纏わせて受け止めようとした。だが、刃が触れる前に大剣の柄で弾き飛ばされ、そのまま地面に叩きつけられた。
「――!?」
何が起きたのか分からなかった。剣術の型も、氷魔法も、何もかもが児戯に等しいと思い知らされる速度と力だった。カリナが割って入ろうとするが、一睨みで止められる。
「お前じゃない。俺の用はそっちの坊主だ」
(なら、遠間から)
立ち上がったゼロは、間合いを取って氷の矢を連射した。狙いは正確だったはずだ。だが、ガレオンは最小限の動きでその全てを弾き、あるいは避け、瞬く間に距離を詰めてくる。
「小細工はいい。真正面から来い」
言われるがまま前に出れば力負けし、距離を取れば読まれる。何をやっても、ガレオンの手のひらの上だった。何度立ち上がっても、同じように叩き伏せられた。氷の剣を生み出す暇すらない。口の中に血の味が広がる。それでも、ゼロは立ち上がることをやめなかった。仲間たちが見ている前で、みっともなく倒れ続けることしかできない自分が、情けなかった。
「――もういい」
何度目かの時、ガレオンは剣を鞘に収めた。倒れ伏すゼロを見下ろし、静かに問う。
「お前、誰かを守るために強くなりたいのか」
答える力も残っていなかったが、ゼロは小さく頷いた。
ガレオンは鼻で笑った。侮蔑ではない、どこか苦いものを含んだ笑いだった。
「弱い奴は守れない」
それだけ言うと、背を向けて歩き出す。数歩進んだところで、ふと足を止め、振り返らないまま付け加えた。
「――だが、その目は嫌いじゃない」
背を向けたまま、ガレオンはもう一言だけ付け加えた。
「――お前はいずれ、終環に狙われる。今のその力じゃ、守るどころか、喰われるぞ」
言い残すと、今度こそ振り返りもせずに去っていった。
リゼルが駆け寄り、フィアが泣きそうな顔で手当てを始める。カリナだけが、拳を強く握りしめたまま、ガレオンが去った方角を睨んでいた。
「……本気で強い奴を見るのは、久しぶりだ」
カリナが低く呟いた。
「ギルドの中じゃそこそこ名が知れてるなんて言ってた自分が、ちょっと恥ずかしくなるくらいにな。……傭兵ギルドの間じゃ、あいつは『無銘の剣聖』って呼ばれてる。所属もなく、二つ名も名乗らず、ただ大陸最強の剣士だとだけ噂されてる男だ」
その夜、ゼロは一人、宿の外で夜空を見上げていた。
(弱い奴は、守れない――か)
分かっていたはずのことを、これほどまでに突きつけられたのは初めてだった。才能だけでは、何も守れない。悔しさよりも、もっと静かな何かが、胸の底に沈んでいくのを感じていた。
「――ここにいたの」
リゼルが隣に腰を下ろした。
「情けないところ、見せました」
「情けなくなんかない。あなたは、何度も立ち上がった。それだけで、十分よ」
「でも、指一本届かなかった」
「届かせるための時間が、これから始まるんでしょう」
リゼルの言葉に、ゼロは小さく笑った。
「その目は嫌いじゃない、か」
「気になるの、その台詞」
「敵意なのか、それとも別の何かなのか。ガレオンという男の輪郭が、どうしてもうまく掴めない」
「いつか、また会うんでしょうね」
「――ああ。次は、もう少しマシに戦えるようにならないと」
その予感だけは、はっきりとあった。だが、それ以上に、ガレオンが最後に残した言葉が、棘のように胸に刺さったまま抜けなかった。
――終環に狙われる。
その一言の意味を、ゼロはまだ、何も知らなかった。




