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5.

 翌朝、まだ空が白みはじめたばかりだといのに、迷宮の入口にはすでに十人を越える人数が集まっていた。荷運びに、警備に、治療師に、測量士、合わせて十人。エルドリックたち五人を加えれば十五人になる。さらに荷車が二台、馬が一頭。縄の内側には木箱やら水樽がならべられ、たいまつの灯かりがそれらをだいだい色に照らしている。いつもの五人だけの探索と比べると、ほとんどちいさなキャラバンのように思えた。


「いや、多すぎないか?」


「これでも最小限だ」


 ジョヒアが呆れて呟くと、アラリオンが答えた。かれは名簿と目録を手にし、エルドリックたちひとりひとりの装備を確認しはじめた。


「まず、ジョヒア。剣」


「見ればわかるだろうに」


「予備のつるは?」


「持っているさ」


「見せろ」


「信用ねえなあ」


「まだ逢ったばかりなのに信用している方がおかしいだろう」


「そういうことを真正面からいうなよ」


 ジョヒアはぶつぶつと文句を呟きながら背嚢をひらいた。アラリオンはその中身を確認し、その袋ごと荷運びに渡させた。また、かれは剣の留め具がほんの少し緩んでいることに気づくと、指さきでそこを示した。


「締め直せ」


「このくらい問題ねえよ」


「問題ないなら締め直してもいいだろう。ムダな時間を使うな」


「へいへい」


 不承不承といった様子ではあったが、ジョヒアは指示に従った。心のなかで銀貨十枚を数えているに違いない、とエルドリックは考えた。


「次、ゼスフィ。縄は?」


「ちゃんと二十尋も用意してあるよ」


「とどけには三十とあるが」


「二十で足りるよ。十尋も増やしたら重いじゃん」


「おまえたちが持つわけじゃない。いままでは考えかたを変えろ」


 ゼスフィは二、三度、目をまばたかせた。


「なるほど、それもそうか。じゃあ、三十尋を持っていくことにする」


「よし」


 クレオルンは盾の傷みを指摘され、エルドリックは水袋の栓が甘いといわれて締め直しさせられた。そして、アラリオンはいちばん最後にエネオラのまえで止まった。魔法使いの少女は自信満々といった風情だったが、さっそく咎められた。


「触媒は?」


「三つあるよ」


「五つととどけられているが」


「三つだけでもきっと何とかなる」


「きっと? 何ともならなかったどうする?」


「工夫する」


「いますぐ工夫して触媒を五つ持っていけ」


 エネオラはむう、と無表情のままで高い位置にあるアラリオンの顔を見つめた。ふたりはしばしのあいだ、見つめあう形になった。


「――わかった。買ってくる」


 先に折れたのはエネオラのほうだった。彼女は心底めんどうそうな表情を浮かべて、来た道を戻っていった。


「ほう、たいしたもんだな、アラリオンさんよ」


 ジョヒアが感心したようにささやいた。


「わたし、にらめっこでエネオラに勝った人を初めて見たよ」


 ゼスフィもささやき返す。


「聞こえている。わたしは負けていない」


 坂道の途中からエネオラの声が聴こえてきた。


 彼女を待つあいだも、周囲の人間たちは休んではいなかった。荷運びは木箱の位置を入れ替え、測量士は地図をひろげて今日の予定をたしかめ、治療師は薬箱を開いて包帯や小瓶の数をもういちど点検しなおしている。出発そのものは止まっているのに、誰もひまそうには見えなかった。


「半刻」


 ロザリンドがエルドリックのすぐそばで呟き、いつも持っている帳面に何か書き込んだ。


「何がですか?」


「出発の遅れよ」


「エネオラはアラリオンさんに怒られるんですか?」


「べつに怒りはしないでしょうよ。ただ遅れたことを数字で記しただけのことよ。十五人が半刻動けなかったら、その分の費用がかかる。食事も日当も出ているんだから当然よね。でも、だからといって十分な量の触媒なしで出かけて、迷宮の奥で困った目に遭うよりはまだ安い。そういうこと――だと、思う」


 エルドリックは少しだけ考え込んでから、なるほど、とうなずいた。つまり、失敗しないために点検しているというより、失敗してもまだ戻ることができる場所で失敗させているのだ。そういうふうに考えると、アラリオンがなぜこれほど細かいことまで確認するのか、少しだけわかったような気がした。


 そのとき、丘の下の街道のほうから女性の笑い声が聞こえてきた。


「おいおい、何だよそりゃ」


 長い槍を背負った大柄な女が、数人の仲間をひき連れてこちらのほうへ歩いてくる。パナクールだ。彼女は、荷車と、つまれた小箱と、縄と杭に順番に目をやり、それから最後に名簿を持ったアラリオンを見つめた。そして、とうとう我慢できなくなったらしく、腹をかかえて笑いだした。


「行商隊かよ! いったい迷宮まで何を売りに行くつもりだ?」


「行商ではない。この迷宮を攻略しに行くつもりだ」


 アラリオンが真顔で答えると、それがよけいおかしいんだよ、とパナクールはまた笑った。ジョヒアがムッとして一歩前へ出た。


「いまは笑っていろよ。そのうちあんたたちより先に奥までたどり着いてやるからな」


「ほう、そりゃあ楽しみだね」


 意外なことに、パナクールはからかうでも笑い飛ばすでもなく素直にそう答えた。それから改めて、その場にいる一同を眺めわたす。


「しかしまあ、たしかにここまでやって迷宮へもぐろうって奴は、いままで見たことないね」


 パナクールは仲間たちに先へ行くよう手を振り、自分自身もまた街道へと戻りかけた。だが、数歩ほど進んだところで一度だけふり返った。


「不格好でも何でもいい。死ぬなよ、ジョヒア」


「あんたもな」


 ジョヒアがどうにかいい返した。パナクールは片手を掲げてその場から去っていった。


 しばらくして、エネオラが返ってくる。小走りで行ってきたようで、息を切らせながら、触媒が入った小袋をアラリオンに突き出した。アラリオンはその中身をひとつずつ数えていった。


「たしかに五つあるな」


「たしかに五つある」


 エネオラは不機嫌そうに答えた。アラリオンが目録に線をひき、名簿を閉じる。


「よし、出るぞ」


 かれのそのひと言を合図に、人々はいっせいに動きはじめた。荷車の車輪がきしみ、たいまつが掲げられ、測量士が器具を背負う。荷運びたちが荷物をかつぎ、治療師が薬箱を抱え、警備のふたりが列の前後についた。その列の中央で、義足の男がゆっくりと歩きだす。


 五人だけのときとは何もかもが違っていた。いつもなら、入口の石門のまえで何げなく剣を抜き、荷物を背負い直し、魔法の灯かりを点けて、だれからともなくくらやみのなかへ踏み込んでいく。それだけなのだ。だが、いまここには、十五人分の足音と、荷車のきしみ、それにたがいに数を確認しあう声が響いていた。


 剣もある。魔法も使われている。しかし、それと同じくらいに縄や薬や測量器具や木槌が平然と列のなかに混ざっている。これが冒険らしいのかどうか、エルドリックにはよくわからなかった。少なくとも、これまで読んできた英雄譚の挿し絵には、こんな光景はいちども描かれていなかったことはたしかだ。


 だが、そうだからこそ少しだけ胸が高鳴った。こんなやりかたは、見たことがない。成功するかどうかはともかく、人生で初めての経験になることはまちがいなかった。 

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