4.
その日の夜、木賃宿の相部屋に戻った五人は、アラリオンの申し出に関して、とうとう結論を出さなければならなくなった。狭いへやだ。壁ぎわにはうす汚れた寝台が四つ押し込まれていて、不足するひとりのために床に毛布が敷かれているありさま。テーブルのうえでは油も残り少なくなったランプが頼りなく光を放っていて、その光のしたにエルドリックが全員分の銀貨と銅貨とをならべていた。
ジョヒアは寝台のうえであぐらをかき、腕を組みながらそのひと握りの貨幣を見つめている。長身で、たくましいからだつき、冒険者にしては妙にしゃれた服を好む男だった。黙っていれば女性にも受けそうな繊細な顔立ちをしているのだが、口をひらくと台なしになるのがつねだ。
「だから、何度もいうが、おれはあいつに雇われるつもりはない」
「五回目」
窓ぎわに腰かけたゼスフィが、きれいな足をぶらぶらと揺らしながらいった。くすんだ金髪を短く切った少女で、琥珀色の目はいつも何か面白いものを探しているように細められている。
「まだ四回目だろ」
「さっき廊下でもつぶやいていたじゃん」
「ひとりごとだ」
「宿じゅうに聞こえていたけどね」
「うるさいな。宿のほうが狭いんだよ」
ジョヒアが顔をしかめる。その向かいでは、エネオラが床の毛布を自分だけのもののように占領しひざを抱えていた。魔法学院の帽子だけは律儀にかぶったままだが、童顔と痩せた小さな身体のせいで、五人のなかではいちばん年下に見える。じっさいにはエルドリックたちより一つ年上で、そのことを本人は妙に気にしているのだった。
「わたしはめんどくさい」
ぽつりとそう口にしてから、少しだけ間をおいた。
「でも、魔法に使う触媒を買うお金がない」
その場にいる全員の視線がエネオラに集まった。
「え、触媒、もうないの?」
「ない。もう残るはあと三つ」
「その三つでどのくらいのあいだもつんだ?」
「たぶん、しばらくは何とかなる」
「そのたぶんってのはぜんぜん信用できねえんだよ」
ジョヒアが呆れたようにひたいを押さえた。
エルドリックは目の前の銀貨を指さきで動かしてみせる。
「いま持っているのはこれだけ。宿代と食費を払って、節約して暮らしても十日はもたない。そこでエネオラの触媒を買うとすると十日が七日になる。で、ジョヒアの件を研ぎなおすとすると、そこからもう少し減る」
「おれの剣はまだもつさ」
「このまえもそういっていたけれど、刃こぼれしていたじゃないか」
「こまかいな、おまえ」
「そういうこまかいことをたしかめておくのがおれの役割だからさ」
昼、丘の上でのアラリオンとのやり取りを思い出し、エルドリックはいくらか妙な気持ちになった。もしかしたら雑用係に過ぎない自分が仲間に入れてもらっていることをジョヒアたちに感謝するべきなのかもしれないと、ふと思う。
「で、次の迷宮までは?」
「北の迷宮へは六日。ただ、馬車代がかかる。歩いても行けるけれど、着いたとき、すぐにもぐれる状態じゃないくらい疲れている可能性が高いだろうね」
室内はしいんと静まりかえった。べつだん、だれも絶望してはいない。これまでもカネがなくなりかけたことは幾たびもあったし、それでも何とかやってきたのだ。ただ、今回はとつぜん迷宮そのものが使えなくなったため、いつもよりさらに選択肢が少なかった。ジョヒアが頭を掻きながら深く嘆息する。
「それで、あのアラリオンとかいう野郎が約束した日当がひとりにつき銀貨十枚か」
「五人で五十枚でしょ。それが三日で百五十枚。十日なら――」
「皮算用はやめろ、ゼスフィ」
「触媒、たくさん買える」
エネオラがしばらく黙り込んで考えてからつぶやいた。ジョヒアが冷たくささやく。
「おまえはそれしかないのかよ」
「うん、触媒は大事」
ジョヒアは処置なしだといわんばかりに天井をあおいだ。ゼスフィがはーい、と手を挙げる。
「あたしはやってみてもいいよ。おもしろそうだから」
「それだけか」
「それだけで十分じゃない? もともと、おもしろいから冒険者なんて不安定なことやっているんだからさ。ねえ、エル、きょう、見に行ったんでしょ。どうだった?」
そう訊ねられて、エルドリックは昼間に眼にした光景を思い出した。迷宮の入口にならぶいくつもの天幕、規則正しく積まれた木箱、それに机のうえに置かれた測量器具や、薬の数を数える治療師、丸太を運ぶたくましい男たち――どうだったかと訊かれれば、答えはひとつしか思いつかなかった。
「変だった」
「何それ。具体的にどういうふうに辺なの?」
「何というか――迷宮もぐるための準備だとは見えなかったよ。何かもっと大きなものを作ろうとしているみたいだった」
「ほら、おもしろそうじゃん」
ゼスフィは嬉しそうに笑った。そんな顔をすると、歳より少し幼く見える。
「いままで見たことがないやりかたなんでしょ。だったら、一回くらい見てみたいよ」
「見たことがないことは危ないだろ」
「でも、見たことがないところへ行こうとするのが冒険者でしょう?」
「そういうへ理屈は――」
「わたしは、こわいです」
ちいさな声がふしぎとその場に響いた。
いままで黙ったまま寝台の端に腰かけていたクレオルンである。いずれかといえば小柄な少女はそのひざのうえで両手を組み、長い前髪を通して床をじっと見つめていた。
「あの迷宮のなかに、後ろにだれもひとがいないまま入るのは、こわい。まえにも一度、それで危ない目に遭ったことがありましたよね。あのときは、運よく助かったけれど、でも、ほんとうにたまたま運が良いだけだった」
「クレオ……」
エルドリックはつぶやいた。クレオルンは内気で臆病な少女ではある。ひと前で自分の意見を述べることも、大きな声をだしたりすることも苦手なほうだ。しかし、いままで傷ついた仲間を見捨てたことは一度もなかった。
だれかが倒れれば、こわがりながらでも必ずそばへ行ってその癒やしの奇跡をもちいてきたのだ。そのことに関しては、この場にいる全員が証人だといえた。ジョヒアはしばらく彼女の顔を見つめた、それからふたたび頭を掻いた。
「一回だ」
「え?」
「一回だけ、あの男のやりかたにつきあってやる。それで正しかったら認める。まちがえているようなら、その場で本人にいってやる。どうだ、それなら文句ないだろ?」
「ジョヒアが採点するんだ」
ゼスフィが可笑しそうにほほ笑んだ。
「いつもは寝坊したり女の子のお尻を追いかけたりばかりしているのに、今度はジョヒア先生だね」
「うるさいな、いいだろ」
ようやく話がまとまって、かれはどこかホッとしたらしい。その場に立ちあがると、卓上に置いてあった酒瓶へ当然のように手をのばした。
「良し。だったら景気づけに一杯いくか」
「前日の飲酒は禁止」
エネオラが毛布のうえからぴしゃりといった。ジョヒアがうぐっ、と言葉に詰まる。
「まだ正式に契約したわけじゃないんだし、一杯ぐらいなら――」
「前日」
ジョヒアはしばらく黙り込んだ。それから、しかたなさそうに酒瓶を棚に戻した。
「くそっ。まだやとわれたわけでもないのに、規則に縛られるなんてな。おれは好きなときに酒を飲みたくて冒険者になったんだぞ!」
「そんなしょうもない理由だったの?」
ゼスフィが吹き出した。




