武将 古田織部 第69話 和睦の影
長久手の戦いから十日ほどが過ぎた。
上久世荘には、戦の気配がほとんど届かなくなっていた。
風の音も、村のざわめきも、いつもの春のものに戻っている。
だが、その静けさの底には、どこか言葉にできない重さがあった。
昼過ぎ、右近からの文が届いた。
封を切ると、短い言葉が並んでいる。
「秀吉様、家康殿と使者を交わす。
戦は続くが、形は変わる」
重然は文を読み返した。
戦は続く──
だが、その言葉の裏にあるものは、誰にでも分かった。
秀吉と家康が、
“勝てぬ戦を続ける気はない”
ということだ。
右近の文は続いていた。
「尾張の地は落ち着きつつある。
摂津衆は、しばらく動かぬ。」
重然は静かに息を吐いた。
戦の熱は遠ざかった。
だが、政治の影は、戦よりも静かに、深く忍び寄る。
屋敷の庭に出ると、風が柔らかかった。
槍を手に取り、軽く振ってみる。
その重さは変わらない。
だが、胸の奥の緊張だけが、少しずつほどけていくのが分かった。
重然は空を見上げた。
雲がゆっくりと流れていく。
戦の影は薄れつつある。
だが、完全に消えたわけではない。
秀吉と家康が和睦へ向かうなら、
その先には、また別の争いが生まれる。
戦が終わるとき、
次の戦の影が生まれるのは、いつものことだった。
重然は槍を下ろし、庭の静けさに耳を澄ませた。
その静けさが、ようやく身体に馴染み始めていた。




