66/103
武将 古田織部 第66話 羽黒の戦い
小牧山に家康が入った翌日。
上久世荘の空気は、さらに重くなっていた。
風の向きが変わるたびに、胸の奥がざわつく。
戦の形が、遠くで固まりつつあるのが分かった。
昼過ぎ、また馬の蹄の音が響いた。
昨日よりも速い。
使者の顔は、息を切らしたまま強張っている。
「羽黒で……戦がありました」
使者は続けた。
「森長可が突出し、家康方と衝突したとのこと。
規模は大きくありませんが……
戦の火は、もう消えませぬ」
羽黒──
その地名も、重然は地図でしか知らない。
だが、戦の“最初の音”がそこから響いたことだけは分かった。
遠くの空気が、わずかに震えるような感覚があった。
「秀吉様はどう動かれるのですか」
重然が問うと、使者は首を振った。
「まだ分かりませぬ。
ただ……羽黒の戦いで、
家康方が勢いづいたとの噂もあります。
小牧山の守りは固い。
秀吉様も、簡単には動けませぬ」
重然は空を見上げた。
雲が速く流れていく。
戦の影は、まだ遠い。
だが、確実にこちらへ向かっている。
右近からの次の命が、いつ届いてもおかしくない。
鎧櫃の中の泥は、まだ乾いたままだった。
だが、胸の奥の熱だけは、ゆっくりと戻りつつあった。




