武将 古田織部 第64話 摂津衆の再招集
封書を読み返すまでもない。
秀吉が動くなら、摂津衆も動く。
その順番は、もう身体に染みついていた。
重然は鎧櫃の前に立った。
蓋を開けると、賤ヶ岳の泥が乾いたまま残っている。
指先で触れると、ぽろりと崩れた。
着るには早い。
が、戦の影が戻ってきたことだけは、はっきり分かった。
翌朝、重然は馬を出した。
上久世荘から大坂へ向かう道は、春の湿り気を含んでいる。
川沿いの土は柔らかく、馬の蹄が深く沈む。
遠くで雲が割れ、陽が差した。
その光が、妙に鋭く感じられた。
昼過ぎ、大坂城下に入った。
町の動きが、いつもより速い。
兵を運ぶ荷車、鍛冶場の音、馬のいななき。
戦の匂いが、町のどこかに混ざっていた。
右近の屋敷に着くと、すでに何人もの摂津衆が集まっていた。
右近が姿を見せると、空気が一段引き締まった。
「犬山が騒がしい」と右近は言った。
「池田恒興が動きそうだ。尾張の北を押さえる城だ。
あそこが動けば、周りも黙ってはいない」
犬山──
その名を聞いた瞬間、重然の胸に小さなざわめきが走った。
行ったことはない。
だが、尾張の北を押さえる要の城だということは知っている。
そういう場所が動くとき、戦の火種はいつも広がる。
その重さだけで、空気が変わるのが分かった。
右近は続けた。
「まだ“戦”とは言われていない。だが、兵は動き始めている。
家康殿がどう出るか……そこが肝だ」
重然は黙ってうなずいた。
言葉にしなくても、皆が同じものを感じていた。
右近が最後に言った。
「正式な軍令が出れば、鎧を着ることになる。
準備だけはしておけ」
その言葉が、重然の身体の奥に落ちていった。
戦の気配が、もうすぐ目の前まで来ている。




