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武将 古田織部 第63話 戦の気配
春の雨が、上久世荘の畑を静かに濡らしていた。
土の匂いが濃く、空気はまだ冷たい。
戦の季節はとうに過ぎたはずなのに、胸の奥に残る熱だけが、
雨に消えずにじんと残っている。
重然は空を見上げた。
雲の流れが、いつもより速い。
風の向きが変わるときの、あの小さなざわめきが、
身体のどこかをかすめていく。
尾張で、何かが動いている──
そんな書状が、右近のもとから届いていた。
織田信雄と秀吉の仲が悪いらしい。
家康が三河で兵を動かしたという話もある。
だが、誰も“戦”とは言わない。
言葉にした途端、静けさが壊れるのを恐れているようだった。
雨音の向こうから、馬の蹄の音が近づいてきた。
重然は振り返る。
その音が、胸の奥に小さな緊張を走らせる。
戦の匂いを知っている身体が、先に反応する。
上久世荘の入口に、秀吉の使者が立っていた。
濡れた外套を払うこともせず、まっすぐ重然の前に進み出る。
重然は差し出された封書が、温かいように感じたか。
使者の体温が残っているのか、
それとも、これから始まるものの熱なのか。
封を切く前から、内容は分かっていた。
尾張が動く。
静けさは、ここで終わる。
重然はゆっくりと息を吸った。
雨の匂いの奥に、
“戦の影”が、確かに混ざっていた。




