武将 古田織部 第59話 山崎の戦い
雨は、夜明けから途切れることなく降り続いていた。
円明寺川は濁流となり、川面は白く泡立っている。
その川を挟んで、重然は中川清秀隊の一角に立っていた。
甲冑に落ちる雨の音が、静かに、しかし絶え間なく響く。
対岸には、光秀方・伊勢貞興の旗が揺れていた。
雨に煙るその姿は、まるで影のようで、
しかし確かな殺気だけが川を越えて伝わってくる。
重然は息を整えた。
利休の茶室で感じた“静の作為”とは違う。
ここにあるのは、
自然が生み出す静けさ──
雨、濁流、泥、そして死の気配。
次の瞬間だった。
雨音が、叫びと金属音に破られた。
伊勢貞興隊が濁流を渡り、中川隊へ突撃してきたのだ。
重然の身体は、考えるより先に動いていた。
槍を構え、泥に沈む足を踏みしめる。
視界は雨で曇り、敵味方の区別すら曖昧になる。
槍が絡み、甲冑がぶつかり、息遣いが混じり合う。
作為ではない動きが、身体の奥から湧き上がる。
利休の茶室で学んだ静けさとは違う。
これは、生きるための動き。
自然の動き。
乱戦の中、重然の前にひときわ強い気配が立った。
伊勢貞興だった。
槍の穂先が雨を切り裂き、重然の喉元を狙う。
重然は泥に沈む足をずらし、槍の間合いを読む。
雨で重くなった衣が身体にまとわりつく。
貞興の動きは鋭い。
だが、その鋭さの奥に、
一瞬のゆがみがあった。
重然は、そのゆがみを“自然の隙”として捉えた。
槍を突き出す。
雨音が一瞬だけ消えたように感じた。
貞興の身体が揺れ、泥に沈む。
その瞬間、重然の胸を貫いたのは、
「美は、生死の境に立ち上がる」
という直感だった。
利休の静寂では決して触れられなかった、
生の美、死の美、動の美が、
重然の身体に刻まれた。
そのときだった。
側面から轟音が響いた。
池田恒興・元助隊が突入したのだ。
敵の叫びの質が変わる。
風向きが変わるように、光秀軍が崩れ始める。
中川隊が前へと押し出す。
戦の流れが、巨大な自然のうねりとなって重然を包む。
重然はその流れの中で、
自分の存在が一瞬だけ“美”と重なる
のを感じた。




