武将 古田織部 第56話 決断と出陣
夜明け前の薄暗い光が、
幕舎の布越しに淡く差し込んでいた。
重然が呼ばれて入ると、
清秀は机の前に座り、
巻紙を静かに置いたところだった。
「……決めた」
短い声だった。
その声には、
これまでの揺れがまったくなかった。
重然は膝をつき、
清秀の顔を見上げた。
「清秀殿……」
清秀は巻紙から手を離し、
まっすぐに言った。
「織田方に味方する。
村重には与せぬ。」
その言葉が落ちた瞬間、
幕舎の空気が変わった。
重然は、
清秀の声に宿った“揺れの消失”を
はっきりと感じた。
その日のうちに、
清秀は家臣団を集めた。
足音が揃い、
誰もが緊張した面持ちで並ぶ。
清秀は一歩前に出た。
「我らは織田方として戦う。
迷いは捨てよ。
これより有岡を攻める」
その口調は迷いがなく、
家臣たちの背筋が一斉に伸びた。
ざわめきは消え、
陣の空気が引き締まる。
重然はその場に立ちながら、
清秀の声が
“武将の声”に戻ったことを感じていた。
軍議が開かれた。
地図の上に置かれた灯明が揺れ、
清秀の影が大きく映る。
「ここを押さえる。
古田、そなたはこの道筋を固めよ」
清秀は迷いなく指示を出した。
兵の配置、攻め口、伝令の順。
すべてが明確で、
家臣たちは次々とうなずいた。
軍議の場には、
すでに“戦の空気”が満ちていた。
重然はその中で、
自分の役目が
はっきりと形を持ち始めるのを感じた。
翌朝。
陣太鼓が鳴り響いた。
兵が一斉に動き出し、
槍の金属音が重なり、
馬が引き出される。
旗が立ち、
風を受けて大きくはためいた。
重然は清秀の背中を見つめた。
その背には、
もう揺れはなかった。
決断した武将の影が
まっすぐに伸びていた。
「出陣する」
清秀の声が陣中に響いた。
中川家の隊列が整い、
土煙を上げながら
有岡城へ向けて進軍を始めた。
重然は馬の手綱を握り、
静かに息を吸った。




