52/103
武将 古田織部 第52話 摂津の国
摂津の国は静かに揺れていた。
荒木村重は有岡城を居城とし、
摂津一国三十七万石を任される、
織田家中でも屈指の大名であった。
信長は村重の才を、
「日本一の器」と称し、重用してきた。
だが、その信頼の陰で、
村重の胸には小さな棘が刺さり続けていた。
その棘の名は――明智光秀である。
光秀は信長の側近として、
政務・軍務の両面で頭角を現し、
畿内の統治においては、
村重の上に立つ存在となりつつあった。
光秀は理詰めで、
冷静で、信長の意向を正確に読み取る。
一方、村重は豪胆で、情に厚く、
摂津の国衆との結びつきを重んじた。
二人の気質は正反対であり、
その違いはやがて“対立”という形で表に出始める。
天正六年、
光秀は摂津の統治に関する細かな指示を村重に送りつけた。
寺社領の整理、年貢の再計算、国衆の再編――
いずれも信長の意向を受けたものだが、
村重にとっては「摂津を知らぬ者の机上の策」に見えた。
「摂津は摂津のやり方がある。
光秀殿はそれを知らぬ」
村重は家臣にそう漏らしたという。
光秀もまた、村重の豪放さを危険視していた。
「荒木殿は才あるが、情に流されやすい」
そう信長に進言したとも伝わる。
二人の溝は、静かに、しかし確実に深まっていった。




