武将 古田織部 第41話 寺の僧からの手ほどき(茶の基本)
(1569年・正月/東善寺・庫裏の一室)
庫裏の奥で、
湯が小さく息をしていた。
沸く前の低い音が、
部屋の空気をゆっくり押した。
重然は畳の端に座り、
膝の位置を整えた。
住職が茶碗を並べていた。
茶碗が畳に触れるたび、
畳の色がわずかに変わった。
住職は重然の前に茶碗を置いた。
縁が光を受け、
細い線が生まれた。
「重然殿。」
住職は柄杓を持ち上げ、
湯を静かに汲んだ。
湯が茶碗へ落ちる音が短く響き、
内側で広がった。
「京では、
物の置き方で、
家の格が決まります。」
仙が言った言葉と同じ響きが、
重然の耳に届いた。
住職は茶碗の下の暗い部分を指した。
「ここを見なさい。」
重然は視線を落とし、
暗い部分の大きさを確かめた。
住職は茶碗を少し動かした。
影が角度で変わり、
畳の濃さがゆっくり移った。
「大きすぎれば乱れ、
小さすぎれば沈みます。」
住職は柄杓を置き、
重然の手元を見た。
「中原家は、
京でも名のある家。
あの娘は、
物の置き方で家の格を整える。」
仙の動きが、
庫裏の光の中に重なった。
「そなた様が京で立つなら、
この所作は欠かせませぬ。」
住職は茶碗を重然に渡した。
縁の温度が指に残った。
「織田家でも、
茶の場は多い。
言葉より、
置き方で見られます。」
重然は茶碗を持ち上げ、
畳の中央へ運んだ。
位置を少し変えるたび、
暗い部分の形が変わった。
住職は静かに言った。
「そなた様の侍働きは、
皆様方に評判がよい。
あとは、
京の作法を身につけるだけ。」
重然は茶碗を置き、
暗い部分の大きさを確かめた。
畳の色がちょうどよく見える位置を探し、
手を止めずに動かした。
湯気が茶碗の縁から上がり、
光の中で形を変えた。
住職は姿勢を正し、
重然の前に座り直した。
「これが、
最初の所作です。」
火鉢の炭が小さくはぜた。
その音が、
部屋の奥へ静かに広がった。
重然は茶碗の位置をもう一度確かめ、
手を膝の上に戻した。
湯の音が続き、
庫裏の空気がゆっくり動いた。




