武将 古田織部 第36話 水石との再会(僧との対話)
(1568年・九月/東善寺北の坊・庫裏へ向かう廊下)
荷の運び込みが落ち着き、
境内の音がゆっくりと静まっていった。
父は寺の僧と宿舎の細かな確認を続け、
重然はその横に控えていた。
「庫裏の方もご覧になりますか。」
案内役の僧がそう言い、
父と重然は廊下へ向かった。
板の上を歩く足音が、
外のざわめきから遠ざかっていく。
廊下の途中、
重然はふと足を止めた。
光が差し込む小さな部屋の奥に、
黒い影がひとつ置かれていた。
何気なく目に入っただけだったが、
その“線”が重然の胸を引いた。
(……石だ。)
重然は一歩だけ近づいた。
光の角度で、
表面の歪みが静かに動いた。
「おや。」
背後から別の僧の声がした。
案内役とは違う、
年配の僧だった。
「その石に、目が留まりましたか。」
重然は姿勢を正し、
静かに答えた。
「ええ。
良い石だと……そう見えました。」
僧は重然の横に立ち、
石の方へ目を向けた。
「若い方が、
この石の“癖”に気づくとは珍しい。」
重然は石に視線を戻し、
低く言った。
「祖父に、石の見方を教わりました。
歪みの出方が……美濃の石とは違う。」
僧の目が細くなった。
興味が静かに灯る。
「では、
この歪みがどこから来ているか、
お分かりですかな。」
重然は光の角度を測るように身を傾けた。
影が動き、
線が深くなった。
「……水の通りが偏っている。
長い年月、同じ筋を流れた跡でしょう。」
僧はゆっくり頷いた。
「その通り。
“偏り”が石の表情をつくる。
人の生き方と似ております。」
重然は静かに息を吸った。
「京の石は……光の入り方が違う。」
僧は石の横に手を置き、
光の方向を示すように指を動かした。
「朝と夕で、
まるで別の石になります。
京では、それを楽しむ。」
重然はその変化を目で追った。
光が石の表面を細く滑り、
歪みがゆっくりと揺れた。
僧は微笑んだ。
「武の家の方が、
これほど静かに石を見るとは。
京にいる間、
また覗いてゆくとよい。」
重然は石から目を離さず、
静かに頷いた。
「学ばせていただきます。」
光が石の歪みを照らし、
重然の胸の奥に
一本の静かな線が
ゆっくりと立ち上がった。




