武将 古田織部 第37話 仙と出会う
(1568年・九月/東善寺北の坊・庫裏の一角)
庫裏へ戻る廊下は、
夕の光が細く差し込んでいた。
水石の歪みが胸の奥にまだ残り、
重然の歩みは自然と静かになっていた。
廊下を曲がると、
荷を整える柔らかな音が聞こえた。
木箱の蓋が静かに置かれ、
布の端が擦れる音が続いた。
その音の方へ目を向けると、
庫裏の奥でひとりの若い女が
荷を整えていた。
動きに乱れがなかった。
布を畳む手つきが細く、
箱の位置を直す仕草が、
水面の揺れを見ているように静かだった。
重然は足を止めた。
(……京の、女か。)
女は重然に気づき、
ゆっくりと立ち上がった。
目を伏せ、
丁寧に頭を下げた。
「古田さま……
お迎えの支度、整えております。」
声は小さく、
しかし芯があった。
重然は姿勢を正し、
静かに答えた。
「そなた様は……?」
女は両手を前に揃え、
落ち着いた声で名乗った。
「京の中原家の娘、
仙と申します。
住職さまのご縁により、
宿の支度をお手伝いするよう
仰せつかりまして、
参っております。」
重然はその言葉を胸の奥で受け取った。
京の武家の娘──
だが、物の扱いは武家のそれよりも、
どこか“寺の静けさ”に近かった。
仙は箱の位置を少し直し、
布の端を整えた。
その一つ一つの動きが、
重然の目に自然と入ってきた。
「手際が良いな。」
重然がそう言うと、
仙はわずかに顔を上げた。
「京では……
物の置き方で、
家の息が決まりますゆえ。」
その言葉は、
先ほど僧が語った“光で変わる石”の話と
どこか同じ響きを持っていた。
重然は静かに頷いた。
「なるほど。
京の息……か。」
仙は深くは語らず、
ただ静かに荷の整理を続けた。
その動きが、
水石の歪みの線と重なって見えた。
重然はしばらくその様子を見ていた。
京の町の光、
寺の静けさ、
水石の歪み、
そして仙の動き──
それらが一本の線になって
胸の奥にゆっくり沈んでいった。
「……よろしくお願い申します。」
重然がそう言うと、
仙は深く頭を下げた。
「はい。
こちらこそよろしくお願い申します。」
夕の光が庫裏に差し込み、
仙の影が細く伸びた。
その影の静けさが、
重然の胸に深く残った。




