武将 古田織部 第100話 大坂冬の陣
慶長十九年(1614)。
冬の冷たい風が京の町を吹き抜けるころ、
大坂の空気は、ついに静けさを失った。
「大坂方、挙兵」
「城に兵が集まっている」
「浪人衆が続々と入城した」
噂ではなく、
現実の戦の音が、
京と伏見の空気を震わせ始めた。
町人たちは声を潜め、
武家たちは表情を固くし、
道を行く者の足取りさえ重くなる。
幕府はただちに動いた。
江戸からの命はひとつ。
「秩序を乱すな」
それは、
戦そのものよりも重い言葉だった。
伏見の織部の屋敷にも、
その影ははっきりと落ちていた。
門の前に立つ侍の数が増え、
茶会に出れば、
幕府の役人が必ずひとりは混じっている。
器を献上すれば、
「この意匠はどういう意図か」
「どこで焼かせたものか」
と、細かく尋ねられる。
(……揺れが最後に暴れるか。)
大坂の揺れ。
時代の揺れ。
そして、
自分の揺れ。
そのすべてが、
いまひとつの場所に集まりつつあった。
ある夕暮れ、
織部は伏見の屋敷の庭に立ち、
遠くの空を眺めていた。
大坂の方角から、
かすかな地鳴りのようなものが聞こえる気がした。
戦の音。
時代が揺れる音。
そして──
終わりの音。
(……時代が、固まろうとしておる。)
揺れが暴れ、
最後の波を立て、
そのあとに来るのは、
静かな“固定”だ。
家康の秩序の時代。
揺れを許さぬ時代。
ゆがみを必要としない時代。
(……ならば、わしの役目も、そろそろよ。)
織部は、
その音を恐れなかった。
むしろ、
どこか愉快に感じていた。
(……面白い。
揺れの終わりは、こうして来るか。)
冬の風が、
織部の袖を揺らした。
その揺れは、
まるで時代の最後の息遣いのようだった。




