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(『グリーン・アイズ』、あそこでのことを知ってる?)
瑞穂はふいに気がついた。
そう考えた瞬間、放置されて家の中で焼かれる寸前だったのを体が勝手に思い出したのだろうか、全身にひりひりと痛みが走って、瑞穂は目を閉じた。
(もう、大丈夫、もう終わったのよ)
体にそっと言い聞かせながらそろそろと目を開けると、晃久がなぜか真っ青な顔で瑞穂を見ている。
「あんまり、無茶しないで、ものすごく、痛いよ」
(え?)
ぎょっとしたのも筒抜け状態らしかった。晃久が居心地悪そうに体を揺する。瑞穂が大きく目を開くと、晃久は薄く頬を染めた。
「悪かったね、今もつながってるんだ。探してる間だけつないで、すぐに放すつもりだったけど…」
不安で、こわくて。
あんたが死ぬかと。
柔らかな、声にならない声を『気配』が補ってくれた。
(あの夢…夢じゃなくて、現実の光景だったんだ?)
瑞穂を失うとパニックになって、町なかで泣き叫んだ晃久。その強くて切ない激しい気持ち。
(あんなに、心配、してくれた)
晃久の照れた顔を見ていると、ふいに、自分がもう少しで死ぬところだったのだ、それがぎりぎり助かったのだ、という思いがやっと瑞穂の胸に広がった。きりきりと張っていた心の糸がみるみるほどける。
「病院とか学校の方は境谷さんがやってくれるってさ。意外といい人だよね、あの人……瑞穂…?」
晃久の声が甘く聞こえる、瑞穂の耳をとろかして。
(助かった、助かったんだ、あたし)
外側の炎からも、内側の炎からも、そうだ、何とか無事に生き抜いた。
「瑞穂……」
こぼれた瑞穂の涙を、ちょっとためらってから、晃久は不器用に指先でぬぐった。
それでも繰り返し、とめどなく、瑞穂の涙はあふれ続ける。何年間か押さえつけられていた涙、何年間も忘れられていた涙が。
その瑞穂の頬を晃久はそっと手でなぜた。長部に殴られた部分を探るように、癒すように、そっと、そっと。そうしているうちに、晃久の中のどす黒い力がゆっくりと力を失って、拡散し消えていくのがわかった。
それに気づいて泣き止んで目を開けた瑞穂にしみじみと見入りながら、晃久は低い声でつぶやいた。
「あんたは約束を守ってくれたね」
「え?」
「僕は今日ほど自分の力がうれしかったことはない」
深くて柔らかな声だった。
側で救急隊員が話をみんな聞いている、それさえも気にしていないような穏やかな顔で、晃久は続けた。
「急にあんたと接触が途切れて怖かった。あんたが死んだような気がしてた。けど、どうしても信じられなくて、どこに行ったかわからなくなったあんたを捜し回ったんだ。初めて自分の力を使って、回りの人間すべての心を検索して追っかけて、僕はちゃんとあなたを見つけ出すことができた」
初めて会ったときには想像もできなかったほど、大人びたゆったりとした微笑が、薄い唇に広がる。
「僕は、きっと、もう、大丈夫だ、瑞穂」
瑞穂の胸で『気配』がうなずいた。
(『魂への旅』が、今一つ終わりを告げる)
おそらくは、晃久はもう自分の能力のもたらす未来を破滅に限定しないはずだ。能力はただの能力、パワーでしかなくて、それがどんな未来を運んでくるのかは自分次第だとわかっているはずだ。
そして、力はその安定した心の上に、さらに豊かな実りをもたらす未来を運ぶはずだ。
(本当は、あたしこそ、あなたに助けられたんだよ)
瑞穂は同じように心の中でつぶやいた。
炎の夢に食い殺されるしかなかった自分。けれど、晃久と出会うことで、瑞穂は自分もまた、能力に未来を委ねるのではなく、能力で未来を切り開くのだと教えられた。
でも、それより何より、晃久の瑞穂への思いが、瑞穂に未来を信じさせた。
(それはきっとわかってないよね、『グリーン・アイズ』)
もう声にならなくて、それでも、本当は瑞穂こそ伝えたい感謝の気持ちをこめたくて、瑞穂は胸の中で相手の名前を呼んだ。
とたんに、
「ただ一つ」
ふいに黒の瞳をきらめかせて、腹立たしそうな顔で晃久は言った。
「今は非常事態だから許すけど、次にちゃんと僕の名前を呼ばなかったら、瑞穂には毎日僕の名前の漢字の書き取りをやってもらうことにするからね」
すねてむくれた子どもの顔。端正なだけにアンバランスで。
心を読まれる不快さを、どうして晃久には感じないのだろう。
(かわいい、から?)
「は…い」
「瑞穂…? おい?」
くすぐったくなって笑った視界が急に暗くなる。うろたえる晃久の顔を遠く雪崩れる闇に奪われて瑞穂は気を失った。
「おや、もうお加減いいのですか」
脳やら神経やらの検査で一ヶ月ほどの入院を経て、瑞穂は『エターナル・アイズ』に顔を出した。
「うーん、これはずいぶんあっさりと」
境谷の目は大きく見開かれて、瑞穂のベリーショートにした髪の毛に向けられている。
「イメージ、悪いですか」
瑞穂は少し髪をなでてみた。これほど短くしたのはきっと生まれて初めてだろう。
「まあ、夏ですしね」
ぱん、と境谷は両手を打ち合わせた。
「いいでしょう。ところで、衣装を変えようと思って。新作です。今度はこんなものにしてみました!」
「うわ」
金銀で眩く飾り立てられた派手な踊り子風の衣装を取り出した境谷に、さすがに思わず瑞穂はひるんだ。
「あの、それはあんまり」
「だめですかあ?」
はあ、と境谷は肩を落とした。




