Day.5 ウサギと痛みと、なろう男と
カチャ……カチャ……
少し前まではよく聞いてた、
この世界では聞き馴染みのない音がする。
視界が少しずつ明るくなってくる。
木の天井だ。
土や森の匂いがしない。
ランタンの灯りが、優しく感じる。
「……どこだここ」
ゆっくりとあたりを見渡す。
どうやら室内らしい。
家具から壁まで全て木材でできてるみたいだ。
部屋全体から温かみを感じる。
背中から柔らかい感触がする。
どうやら寝てたみたいだ。
身体を起こそうとする。
「っ……!」
鈍い痛みが走る。
腕が重く、俺のものじゃないみたいだ。
息を吸うだけで体が軋む。
痛みのオーケストラかよ。
何故こんなところで寝ているのか。
少しずつ記憶をたどってく。
「たしか、俺は……」
そうだ、森を探索してたら人がいた跡を見つけて……
それを追いかけたら……
「ひっ……!」
緑の化け物がフラッシュバックする。
鬼の形相でにらめつけてくるアイツ。
何度も何度も振り下ろされるこん棒。
自分のモノじゃなくなっていく体。
寒気がする。
カチカチカチカチ……
歯が噛み合わない。
カタッ
左側から物音がする。
「っ……!」
反射的に逃げようと体が動く。
恐怖が痛みを凌駕する。
が、少し身動ぎするくらいしかできない。
物音の主が駆け寄ってくる。
ダメだ、逃げられない……
身構えた、その時。
「――?」
声が聞こえてきた。
なんだ、話しかけられてる……?
おそるおそる声の方を見る。
1人の女性がこちらを見ている。
なんだか泣きそうな顔で、
ためらいがちにこちらに手を伸ばそうとしていた。
……人だ。
本当に人だ……
……助かった、のか。
身体の力が抜け、そのままベッドに沈む。
「――?」
心配そうな声がする。
泣きそうな女性はまるで自分のことのようにおどおどしている。
その女性の頭にはウサギのような耳がついている。
獣人?ってやつだろうか。
「あの、あなたが助けてくれたんですか?」
「――?」
不思議そうに首をかしげてる。
困ったな、言葉が通じないのか?
どうしようかと悩んでいると。
「――!」
女性がぱたぱたと慌てた様子で駆けていく。
「……なんだ?」
鍋みたいなところの前で火を消している。
料理中だったのか。
気が付いたら部屋中にいい香りがただよってる。
ぐぅ~~~~~~
初日以来の情けない音が聞こえてきた。
聞かれたのでは?と思うと少し気恥ずかしい。
ぱたぱたと女性が戻ってきた。
「――!」
両手で皿が突き出される。
どういうことだ……?
いまいち飲み込めないでいると。
女性が困ってわたわたとした後に、
「――!」
ちょっと強引に皿を渡してきた。
受け取ったものの、どうしていいかわからない。
持っててほしいのか……?
と、ぼーっしてると。
「――!――!」
女性が皿と俺を交互に指をさしている。
少しキリッとした表情をしている。
真剣でかわいいな。
……っとそうではない。
どうやらこの皿を、俺に、ということらしい。
「……食べていいのか?」
表情から察したらしい。
「――!――!」
コクコクと必死に首を縦に振っている。
皿にはいろんな野菜らしきものと、少しの肉。
スープは白みがかっていてとろみがある。
どこかシチューっぽい。
木のスプーンを手に取りすくう。
あったかい。
スプーンを口へと運ぶ。
「……うまい」
優しい味がする。
暖かなものが喉を通り、
身体にゆっくりと染みていく。
「……うまい、うまい」
スープに雫がおちる。
味がしょっぱくなる。
顔がぐしゃぐしゃになる。
けれどそんなことお構いなしにスープをかきこむ。
スプーンが止まらない。
ウサギの彼女は、そんな情けない俺を一切笑わず。
ずっと嬉しそうにニコニコと見ていた。
あっという間に平らげてしまった。
俺の食べっぷりを見て彼女ははしゃいでいる。
「――!」
彼女が皿を指さす。
ああ、回収するってことか。
彼女に皿を渡す。
「――!」
ニコニコと彼女が鍋と皿を交互に指さす。
おかわりいるかってことか……?
「いやいや、そんなの悪……」
と遠慮しようとしたその時、
ぐぅ~~~~~~
二度目の欲しがりアラートが鳴る。
思わず彼女と目が合う。
は、はずかしい。
顔が真っ赤になる。
彼女は楽しそうに笑ってる。
そのまま鍋の方へ跳ねていった。
「ふぅー、ごちそうさまでした」
両手を合わせ、頭を下げる。
食べ終わるたびに、皿と鍋を交互に指さされて、
結局5皿も食べてしまった……
お腹が異常にすいてたのもあるけど。
おかわりを頼んだ時の笑顔が可愛くて、
ついつい頼みすぎてしまった……
なんだか申し訳ないな……
なにか手伝った方がいいとは思うんだが……
やっぱり身体がまだいうことを聞かない。
死にかけてたんだし当然か……
「さて、となると」
今の状況を確認しておきたい。
おきたいんだが……
「困ったなぁ……」
おそらくなんだが、言葉が通じない。
相手の言ってることがわからないし、
こっちの言ってることもわからないみたいだ。
俺が何か言っても、可愛らしく首をかしげられてしまう。
ボディランゲージが国境どころか世界すら超えても、
出来るやり取りには限りがある。
うーん……とりあえず状況を整理するか。
まず誰に助けられたかなんだけど、
彼女ではないだろうなぁ……
あの化け物と戦うにはさすがに華奢すぎる。
スキルとかなにかがあるならわからんくもないが……
あのぱたぱたと走る姿から、戦う姿は想像できない。
となると、一人暮らしって線も薄いだろうなぁ。
村なのか街なのか、家族だけで過ごしてるのかすらわからないが。
「……わからん!!」
さすがに情報がなさすぎる。
彼女が優しくて面倒見がいいってことくらいしかわからん。
「さて、どうしたもんか」
このままだと感謝すら伝えられない。
ありがとうすら言えないのはさすがにむず痒い。
食い終わった後に手を合わせるのを見て、
不思議そうにしてたくらいだしな。
感謝のボディランゲージってどうすりゃいいんだ。
そんな風に悩んでいると、
ぱたぱたと彼女が走ってきた。
手には桶と布らしきものがある。
「――!」
そのまま寄ってきて……
体に巻かれた包帯をほどこうとする。
「なっ!ちょっ、え!!」
とっさに彼女の手を掴む。
「――!」
「あああああ、ごめん!!」
慌てて離す。
「――!」
彼女が桶と俺の体を交互に指さす。
どうやら包帯を替えるついでに、体も拭くつもりらしい。
「いや、いやいやいや!」
「いいってそんなの!」
両手で壁を作り、首を必死に横に振る。
彼女の顔がむっとする。
「――!」
どうやら体を拭かないことを怒っているらしい。
「わかった!自分でするから!!」
彼女から桶と布を受け取ろうとする。
が、うまく力が入らず落としそうになる。
彼女が慌てて受け止める。
「――!」
なんと言われてるのかわからないが、怒られてるのはわかる。
あんなにニコニコしてた彼女が怒っているのを見て、
「はい……」
俺はしゅんとして、受け入れることにした。
パリッ……パリパリッ……
血で張り付いた包帯が、皮膚からはがれる音がする。
「っ……!」
身体の状態から重症だとは思ったが、
ここまでだとは思わなかった。
こん棒が武器としていかに優秀か身に染みる。
慎重にゆっくりと、包帯がはがされていく。
俺が痛がらないようにしてくれているらしい。
介抱をする彼女の表情は真剣そのものだ。
俺のためにそこまで真剣になるのかと思うと、
嬉しい反面、少し照れくさい。
包帯をはがしおわると、肩を掴まれた。
そのまま優しくぐいっと回される。
「――!」
どうやら壁の方を向いて欲しいらしい。
ゆっくりと壁の方を向き、彼女に背を向ける。
背中からそっと布があてられる。
あたたかい。
布がゆっくりと動く。
「ぐっ!っくぅ」
声をあげそうになり、必死に抑え込む。
傷口にはまだ随分効くみたいだ。
色んな意味で染みるねぇ……
ゆったりとした時間が流れる。
俺の身体が震えるたびに、
彼女が心配そうにのぞき込んでくる。
「大丈夫大丈夫」
言葉で言ってもわからないだろうから、
これでもかってくらいニカっと笑ってみる。
彼女がコクリと頷き、体を拭いていく。
すごく気持ちがいい。
背中から優しさを感じる。
思わず、ほっと一息つく。
自分の中で凝り固まってたなにかがほぐれていく気がする。
肩を掴んでくるっと回される。
どうやら背中が終わったらしい。
「えっ、いやいや、前はいいよ!!」
俺が慌てて首を振る。
「――!」
彼女がむっとして首を振る。
こうなると彼女は譲らない。
出会って間もないが、それはわかる。
俺は諦めて彼女と向き合う。
……恥ずかしい。
彼女の顔はずっと真剣だ。
布と桶が目に入る。
「なっ」
息が止まりそうになる。
ひどい、あまりにもひどい。
白い布は血で真っ赤に染め上がり、
桶の中も血でどろどろだ。
替えの真っ白な布との劇的なビフォーアフターがひどい。
「――?」
彼女が不思議そうに見上げてくる。
気に掛けてしまったらしい。
「心配ないよ」
彼女の視線を、正面から受け止める。
コクリと頷き、彼女が作業に戻る。
そりゃ真剣にもなるよな。
俺だってなりますわ。
身体を拭き終わり、包帯が巻かれていく。
なんだか匂う。
なんだこれ?
包帯が傷口に当たる。
「っ!!」
鋭く息が吸い込まれる。
し、染みる~~~~~~!!
薬草かなにか塗り込まれてるみたいだ。
彼女の手がびくっと跳ねる。
「――!!」
慌てて顔を覗き込んでくる。
俺は親指をグッと上げる。
アメコミよろしく、サムズアップ&スマイル。
俺らしくない、テンションがおかしい。いてぇ……
「――?」
彼女は不思議そうにしながらも包帯を巻いていく。
意味は分からないが大丈夫ということは伝わったらしい。
包帯も無事巻き終わった。
うん、頼んで正解だった。
包帯はすごくきれいに巻かれてる。
自分じゃこうはいかなかっただろう。
そもそも痛みで巻けてたかどうか。
身体も拭いてもらったおかげかすっきりした。
ありがたい。
なんとかお礼を伝えたいんだけど……
どうしたものか……
そうやって頭を悩ませていると彼女が戻ってきた。
ベッドの横の椅子に座る。
すごくニコニコしている。
彼女が自分を指さす。
「――!」
何かを言っている。
そのあとに俺を指さす。
なんだ……?
なにかを伝えたいのか?
わからずにボケっとしてると、
もう一度、彼女が自分を指さす。
「――!」
なにかを伝え、俺に指をさす。
私とあなた?
いや、違うな……
もう一度、彼女が自分を指さす。
「ロ・ニ・ア」
「ロニア?」
そう言うと、彼女がパッと明るくなる。
その後にこちらを指さす。
「ロニア?」
彼女がふるふると首を振る。
また自分を指さし、
「ロニア!」
俺が続いて、
「ロニア」
彼女が笑う。
……もしかして、名前か??
彼女の名前はロニアっていうのかもしれない。
俺は目の前の彼女を指さし、
「ロニア」
と呼んでみる。
彼女の顔がますます明るくなる。
ロニア、か。
頭の中でもう一度、その名前を確かめる。
彼女が俺を指さす。
瞳をキラキラさせ、俺を見つめている。
どうやら俺の番らしい。
俺は自分の名前を告げた。
「――?」
どうやら聞き取れなかったらしい。
もう一度自分を指さし、告げる。
「――!――?」
繰り返そうとして、舌を噛みそうになってる。
舌を出して涙目だ。
そんな姿に、つい頬が緩む。
どうやら発音が難しくうまく言えないらしい。
必死に名前を呼ぼうとする彼女がほほえましい。
まぁ、ゆっくり慣れていけばいいさ。
時間はたっぷりあるんだから。
ロニアが拗ねたように少しむっとしている。
それを見て、俺はずいぶん久しぶりに声を出して笑った。




