Day 4. なろう男は、美少女ヒロインの夢を見るか?
日差しがこれでもかと降り注いでくる。
「眩しい……」
寝床なんだから、日差しも考えておくんだったな……
昨日の記憶が曖昧だが寝床まで帰ってきたらしい。
体を起こそうとする。
が、うまく動かない。
「っ……!」
口の中が妙に苦い。
喉がひりひりし張り付く。
初日とは違う不快感だ。
「……俺、吐いたのか??」
汗で葉っぱがまとわりつき、
頭も鈍器で殴られたように痛い。
快適に過ごすはずだった寝床での朝は、なぜか最悪だった。
なんだったっけ……確か昨日は俺……
とそこまで考えたとき、思い出す。
「……生きてる。」
「俺、生きてる……」
力が抜け、ゆっくり息がこぼれた。
木漏れ日が、やけに眩しい。
でも今は、その眩しさが少し嬉しかった。
そうか、あの時、木の実を食って……
それで俺……
隣に落ちてるデクノカリバーに手を伸ばす。
「まさか、こいつがこんなに頼もしく感じるなんてな。」
手繰り寄せ、支えにして起き上がる。
足に力が入らない。
鉛のような体をデクノカリバーで支える。
……立つだけでとんだ大仕事だな。
デクノカリバーを見る。
握ってると、ほんの少し、体が軽くなったような気がした。
「まずは水だな……」
サァァ……。
川の流れる音が聞こえる。
「身体が干物みたいだ。」
「筋まで見えるんじゃないか??」
一歩踏み出す。
力が抜け、デクノカリバーを落としそうになる。
「っとと。」
落とさないよう、握りしめる。
一歩、また一歩と。
ゆっくり、川へ向かって歩き出した。
◇◇◇
あれから数日が経った。
これといった変化は何もなく、
俺は相変わらず、森で暮らしてる。
「お、木の実だ」
あの日、俺を苦しめた元凶。
手に取る前に、注意深く確認する。
丸みを帯びた葉。
赤く瑞々しい見た目に、ほんのり甘い匂い。
傷んだ様子もない。
「こいつは……食えるな。」
少し離れた茂みを見る。
細いとがった葉。
「あれはダメだな。」
食えるものと食えないものを選別していく。
川沿いを離れ、森の中を見て回る。
樹の幹、根元、落ち葉の状態。
少し先、落ち葉の間に見覚えのある葉を見つける。
「お、あったあった」
デクノカリバーの先で土を掘る。
土に汚れた白い塊が顔を出した。
「よしよし」
引っこ抜くと、白っぽい芋が二つほどついてくる。
初日は、埋まってるかもってことすら思いつけなかった。
余裕ってやっぱ大事なんだなってつくづく思う。
「見慣れたもんだが、チェックだけはしとかないとな。」
葉の形、芋の色、匂い。
この数日食べてるやつと変わらない。
肌にあてても特に変化はない。
「……よしっ」
小さく一口だけかじる。
土っぽさはあるが、問題ない。
そのまましばらく待つ。
「大丈夫そうだな。」
「今日は腹いっぱい食えそうだ」
蔓を使い、腰に芋をくくる。
川辺に戻る足取りは軽かった。
◇◇◇
パチッ……パチパチッ……
焚き火で芋を焼く。
川辺でこうしてるとBBQみたいだな。
「BBQにしてはずいぶん簡素だけど」
そろそろか?
木の串に刺した芋を、落とさないようそっと持ち上げる。
少し焦げ目がついた、いい色に仕上がってる。
「よっ!いい仕事してますねぇ!」
我ながらいい出来だ。
「じゃ、いただきまーす」
何度か息を吹きかけ、噛り付く。
「あっつ!!」
はふっ……はふっ……
口の中で息を吹きかけながら転がす。
冷めた芋を口の中で味わう。
「うん、うまい!」
ほくほくで、旨味がギュっと詰まっててうまい。
木の実で口なおしをする。
甘くてうまい!!
「欲を言うなら塩味が欲しいよなー」
もっと欲を言うなら肉とか食いたい。
「ふぅ~、ごちそうさまでしたっと」
あっという間に平らげてしまった……
満足感に身を預け、ぼーっとする。
パチッ……パチチッ……
川と焚き火の音が静かに響く。
キャンプとして見るなら100点満点のシチュエーションかもしれない。
「こっちに来る前に、1回くらいキャンプに行けばよかったな」
さて、暮らせるようになってきたのはいいが。
いつまでもこうしてはいられない。
なろう要素どうこう以前に、さすがにサバイバルがすぎる。
そろそろ街に出たい。
というより人に会いたい。
とは言ったものの、どちらに行けばいいか。
皆目見当もつかない。
「そもそもがデカすぎんだよこの森」
異世界スケールに翻弄されすぎだ。
「とりあえずこのまま川を下ってみるか」
人が暮らすには水が必要なはず。
川沿いに進めば、何か見つかるかもしれない。
「井戸だけで完結してたらお手上げだけどな」
まぁでも、川沿いならなんとか生きてはいけるだろ。
そうと決まれば、話は早い。
「今日はもう寝るか」
明日から本格的な探索だ。
焚き火に水を掛け、念入りに踏み消す。
すっかり踏み固められた道を通り、
住み慣れてしまった寝床につく。
デクノカリバーも枕元に寝かせる。
「何か見つかるといいな」
綺麗な星空を眺めながら、ゆっくり瞼を閉じる。
川の音がやけに優しく響くなか、眠りについた。
◇◇◇
いつものように日差しで起きる。
「んっんーーー」
軽く伸びをして、目を覚ます。
いつも通りのいい朝だ。
デクノカリバーを手に取り、川へ向かう。
いつも通り顔を洗い、食事を取る。
だがここからがいつもとは違う。
「いよいよか」
慣れた寝床から離れることになる。
大したところじゃないが、
離れるとなると少し名残り惜しくもある。
「……さて、行くか!」
デクノカリバーを手に川下へと向かう。
数歩進んで、ふと足を止める。
一度だけ寝床を振り返った。
なんてことはない、自然の風景の一部。
人が暮らしてたなんてわからない。
だけど俺だけはわかる。
「……行くか!」
今度こそ歩き出す。
見慣れた景色が、少しずつ遠ざかっていった。
◇◇◇
川沿いをどんどん進んでいく。
デクノカリバーもすっかり手に馴染んできた。
葉っぱを集めただけの寝床はどこか物足りなく感じる。
川を下る、探索する、寝る。
川を下る、探索する、寝る。
しばらく繰り返したがあまり成果がない。
バカでかい森の密度だけは減ってきた。
相変わらず森だが、密林が森になってきたって感じか。
今日もまた川を下る。
しばらく進んだところで足が止まる。
「ん?」
なにかおかしい。
近づいて再度確認する。
「……やっぱりな」
落ち葉を踏み占めたような跡が森へと続いている。
しゃがんでよく観察する。
大きさも、俺の足とそう変わらない。
二足歩行をしたような跡が、一定間隔で続いている。
何日くらい経ってるかとかはわからない。
けど間違いなく人がここにいた。
それだけで十分だった。
「よし!よしよし!」
人がいる!
少なくとも、この辺りまで人が来てるんだ!
この足跡を追ってけば何かつかめるかもしれない!
足跡を追い、森へと入っていく。
どんな人だろう。
もしかして、むちゃくちゃ可愛い子かも!
あなたどこから来たの?
俺はーー。
なんて定番の展開があったり!?
足取りは自然と速くなっていく。
少し遠くに人影が見える。
いた!人だ!
「おーい!!」
はじめて見た人影に駆け寄っていく。
だが何かがおかしい。
人にしては妙に体が小さい。
「……ん?」
足が止まる。
臭いが鼻につく。
なんだこのにおい!?
少し先の人影からするらしい。
だが俺の知っている人にしてはやけに小さい。
姿を見ようにもちょうど陰になっていて見えない。
人影がなにかに気付いたように、
ゆっくりとこちらを向いた。
暗がりから尖った鼻と緑の肌が現れる。
伸びきった爪に、嫌悪感を覚える姿。
右手にはおなじみのこん棒を握っている。
「ゴブ……リン……?」
本当にゴブリン!?
その事実に、一瞬だけ胸が跳ねる。
俺、本当に異世界に――
そんなことを考えている間に、
異世界で初めて見る魔物が、暗がりから姿を現す。
ゴブリン。
魔物の中の魔物、THE魔物のテンプレートだ。
RPGなんかでは雑魚中の雑魚で、
Lv1の駆け出しだって倒せる。
やられるためだけに生まれたようなヤツ。
そんな知識なんの役にも立たない。
目の前に立つ異形は、そんな甘いものじゃなかった。
ひと目でわかる、異様さ。
小柄な体に、不釣り合いなくらい太い腕。
握られたこん棒は、見ているだけで嫌な重さを感じる。
伸びた爪は黒く汚れている。
そして、その目。
人間のものとは思えない、欲望を濃縮したような目。
背中に嫌な汗が浮く。
今すぐ叫んで逃げ出したくなる。
本能とは裏腹に体が動かない。
その目が、俺を捉える。
「あっ……」
思わず声がこぼれる。
目が合った瞬間、体がさらに強張る。
異形が、顔を歪めて笑った。
「ギゲェギャー!」
歪んだ口から歓喜の声が上がる。
そのあまりのおぞましさに尻もちをつきそうになる。
歯がうまくかみ合わない。
ガタガタと聞き慣れない音がする。
はじめて自分が震えていることに気付いた。
呼吸がうまくできない。
地上にいるのに溺れそうになる。
わけがわからない。
俺の情けない姿を見て、口角が吊り上がる。
「ギッゲェ!ギャア!!」
ゴブリンがさらに甲高い声を上げる。
一歩。また一歩と。
笑顔を張り付けたまま。
やけにゆっくりと距離を詰めてくる。
右手に握られた無骨な塊を、左手で弾ませている。
表面には黒ずんだ脂と、乾いた血のようなものがこびりついていた。
ああ、そうか。
あれは凶器なんだ。
ただの木の塊じゃなく、生き物を殺すためのモノ。
あの腕で、あんなモノを叩きつけられる……?
無理だ、絶対に無理だ。
耐えられるはずがない。
距離が詰まる。
……いやだ。
また一歩詰まる。
……死にたくない。
死の塊が持ち上がる。
走れ!!
足が動く!!
踵を返し、全力で走り出す。
「うわああああああああああ」
口から恐怖が漏れ出す。
なんで叫んでるのかもわからない。
「ギゲェ!!」
背後から叫び声が叩きつけられる。
心臓が跳ね上がる。
思わず、うずくまりそうになる。
止まるな!!走れ!!
前だけ見て走れ!!
走る。走る。
脇目も振らずに走り続ける。
見慣れた木がどんどん後ろに流れていく。
背後からは死神の声がする。
遠ざかるどころかどんどん近づいてくる。
どうなってんだよ!!
ゴブリンがあんなに早いなんて誰も教えてくれなかった!!
真後ろから声がする。
まずい!!
慌てて右に切り返す。
ブォンッ!!
さっきまでいたところを、こん棒が薙ぐ。
風圧で背中が押される。
背中がやけに冷たい。
血が通ってないみたいだ。
……俺、背中なくなった??
そんなわけない!!
動いてる!動け!!
と駆け出そうとした瞬間。
カクンッ
右足の力が抜ける。
バランスを崩し、派手に転ぶ。
無理な切り返しに足が耐えられなかった。
「いってぇ……」
痛いくらいで済んでるのがマシだ。
慌てて立て直そうとする。
が、もう遅い。
目の前にはゴブリンが。
こん棒を大きく振りかぶっている。
「っ!!」
俺はとっさにデクノカリバーで防ごうとする。
こん棒が横から叩きつけられ、デクノカリバーが砕け散る。
砕いてなお勢いは止まらない。
横腹に凄まじい衝撃が走る。
「……ぐっ、ああ!!」
衝撃と共に嫌な音が聞こえる。
身体が吹き飛ぶ。
地面を転がり、倒れ込む。
痛い、痛い痛い痛い痛い。
痛いなんてもんじゃない。
息を吸おうとすると、横腹が裂けそうになる。
胃液がせりあがる。
わけもわからず、喚き散らしたくなる。
が、そんな余裕すらない。
足音が聞こえる。
サクッサクッ
葉音がカウントダウンのように聞こえてくる。
ゴブリンが一歩、また一歩と。
ゆっくり近づいてくる。
「ギゲッギゲッ」
俺でもわかる。
獲物を嬲る、下卑た笑いだ。
それに怒るでもなく俺は、ただただ怖かった。
俺はどうなる??
このまま死ぬのか?
なぶり殺しにされるんじゃ……
「う、うわあああああああ」
砕けたデクノカリバーを、めちゃくちゃに振り回す。
いやだ……いやだ……
死にたくない……
「来るなっ!来るなあああああああ」
振り回す、喚く、振り回す、喚く。
ゴブリンも何度か近づこうとしては、棒を避ける。
「ギゲェッ!!」
痺れを切らし一歩踏み込んできたその時。
サクッ
「ギッギギャアアアアアア」
折れたデクノカリバーがゴブリンの目に刺さった。
ゴブリンが目を押さえ、地面を転げ回る。
逃げ、逃げなきゃ。
バラバラになりそうな身体を必死で起こす。
あまりの痛みでくらくらする。
が、死ぬよりましだ。
今は逃げないと。
「はぁ……はぁ……」
足元がふらつく。
息も途切れる。
「ギギャアアア!!」
背後の叫び声が、痛みから怒りに変わった。
思わず振り返ってしまった。
ゴブリンが片目を押さえながら、こちらを睨んでいる。
指の隙間から血が流れ、頬を濡らしていた。
残った片目が、さっきまでとは別物みたいに俺を睨みつけている。
……逃げなきゃ。
頭ではそうわかっているのに身体がうまく動かない。
ゴブリンの視線を振り払い、逃げようとする。
が、歩こうにも体が重い、力が入らない。
背後の足音がどんどん近づいてくる。
怒りに任せた荒々しい音だ。
……とてもじゃないが逃げきれない。
背中に衝撃が叩き込まれる。
「がっ――」
息が抜け、前につんのめる。
そのまま地面を転がった。
肩越しにゴブリンを捉える。
その顔からはさっきまでの下卑た笑みが完全に消えていた。
こん棒が振り上げられる。
叩きつけられる。
「がっ……!」
痛む背中に衝撃が落ちる。
起き上がろうと支えていた腕から力が抜ける。
こん棒がまた振り上げられる。
「ひっ……」
とっさに丸まり、頭をかばう。
腕に鈍い衝撃。
叩きつけられる。
叩きつけられる。
叩きつけられる。
もう腕の感覚もなくなってきた。
「ごあっ……!」
腹に鋭い衝撃が走る。
勢いは収まらず地面を転がる。
かひゅっ……かひゅ……
掠れた音がする。
息がうまく吸えない。
「ギィギャァ!」
ゴブリンがずんずんと距離を詰めてくる。
息も荒く、顔も歪み切っている。
まだ……続くのか……
丸まり、かろうじて防御の態勢を取る。
肩、背中、腹、腕
腹いせといわんばかりに、何度も打たれる。
身体の感覚が遠い。
もうどこを殴られてるのかもわからない。
口の中に血の味が広がる。
視界がだんだん霞んできた。
ああ……俺、ここで死ぬんだ……
シュッ
という鋭い風切り音が聞こえる。
「ギッギャアアア!」
すぐそばから叫び声が上がる。
……なんだ?
その後、ドッ、ドッ、ドッと鈍い音が続く。
俺を打っていた衝撃が、止んだ。
足音が聞こえる。
霞む視界に人らしき影が見える。
「――――?」
俺に向かって何か話してるがわからない。
「ごふっ……」
話そうとして、口に溜まっていた血がこぼれる。
「――――!!」
なにか大声で話してるみたいだ。
けどなにをいってるのかわからない。
視界がだんだん暗くなっていく。
転移先で死んだらどうなるのかな……




