Day19. お怒りになろう!
振り向けば、凛と立たる兎耳、我が明日は如何なるや。
……あまりのプレッシャーに思わず、辞世の句が出た。
俺からこんなきれいな言葉が出るなんてな、思わぬ才能だった。
ロニアが腕を組み、仁王立ちしている。
ふさふさのうさ耳がピンと立ち、
その顔にはいつもの笑顔……ではあるんだけど。
見慣れた笑顔のはずなのに、なんだこの圧。
さっきの巨大バチの方がまだ可愛く感じてきた。
というかなんでロニアがここにいるんだ。
出掛けたはず、それとも出かけた先がここだったのか?
「あのーロニアさん?」
呼びかけてみるが、笑顔を張り付けたまま、
無言でこちらを見てくる。
こ、こえええ。
なんだ、俺何かしたのか?
頭をフルで回転させる、が思いつかない。
背中が嫌な汗でじっとり濡れてきた。
朝はあんなにご機嫌だったのにどうしたんだ?
ロニアは無言でこちらを見続ける。
まるでなにかを待っているかのようだ。
……そうか、わかったぞ。これだろ。
俺は手に持ってる野菜炒めを見つめた。
一人で美味そうなもの食べてるのがダメだったのか。
スッと皿をロニアの方に差し出した。
やっぱ美味しいものは、シェアしないとだよな。
だが俺の予想に反して、ロニアがゆっくりと首を横に振った。
なんだ、違うのか。
むしゃり。
俺は手元に寄せたついでに野菜を一口いただく。
うん、美味い。ロニアも食えばいいのに。
次の一口を食べようとした時、何故か身震いがした。
ちらりとロニアの方を見ると、圧が増している。
あれ、なんでだ?
般若もかくやと言わんばかりの凄みがあふれ出ている。
俺は机にそっと皿を置き、膝の上に手を置いた。
上司に怒られてもこうはならなかったな……
子供のころに親に怒られた時以来だ。
あまりの居心地の悪さに逃げ出したくなる。
視線を膝の上の手に置いて耐えることしかできない。
粛々と針の筵に耐えていると、ロニアの後ろから人影が出てきた。
ロニアに気付かれないよう盗み見る。
いや、気付かれたらダメってわけじゃないんだろうが、顔を上げづらい。
今朝、俺に挨拶してくれた女の人が出てきた。
柔和な雰囲気でおっとりとした印象を受ける。
あらあら、まぁまぁとか言いそうな感じだ。
口元に手を当てながら、俺とロニアを交互に見ておろおろしている。
見かねたのか助け船を出そうとロニアに話しかけようとして……やめた。
わかる、わかるよ。
そうなるよな。俺だってそうなる。
助け船が目の前で沈んでいくのを眺めるしかない。
肩を落としうなだれてると、おっとりお姉さんが動いた。
俺にだけ見えるようになにかを指さす。
指先を追うと、指していたのは俺の身体だった。
改めて自分の身体を見ると、おろしたての服が土まみれでどろどろだ。
今時、小学生だってこんなにどろだらけにはならないだろう。
もしかして、これか!
俺は慌てて服に付いた土を払っていく。
流石にもらったばっかの服をこんなにしちゃ悪いよな。
意図的ではないとはいえ、あまりにも心証が悪い。
泥だらけなのに気付いた俺も悲しい。
土を払っていると、お姉さんがあわあわしてるのが見えた。
どうしていいのかわからないといった様子だ。
ロニアも土を慌てて払う俺を見て呆れて、
諦めたようにため息をついている。
これも違うのか、完全にお手上げだな。
俺は空を見上げた。
日はもう高く、少し傾き始めてるのが見えた。
……ん、傾き始めてる?
俺は太陽の位置を改めて確認した。
太陽はもう、真上を過ぎていた。
「あ」
色々なことが起こりすぎて、すっかり頭から抜け落ちてた。
ロニアはすぐに帰るって言ってた。
けど帰ったら俺が居なくて心配して探しにきたんだろう。
「ロニア」
呼びかけてから、自分に指をさし問いかける。
「行く、ダメ?」
これでも違うなら完全にお手上げだが……
ロニアがもう一度深くため息を吐いた。
こりゃダメだ。
匙を投げるために振りかぶってるとロニアが寄ってきた。
俺の服の汚れを払いながら、全身を見回してる。
……もしかして合ってた?
「あのーロニアさん?」
恐る恐る声を掛けると、
ロニアから鋭い視線が飛んできた。
……許されたわけはないらしい。
ジェルグとシェイラと会った時のことを思い出した。
こういうことか。
流石に言い過ぎじゃないか?って思ってたが、
どうやら誇張一切なし、純度100%の事実だったみたいだ。
ロニアの検査をひたすら受けていく。
無茶なことしてないし、問題ないんだけどなとは思うものの、
今のロニアに逆らう勇気は俺にはない。
いつものように身体を触ってくる。
傷が開いてないかゆっくりと確かめていく。
たまに身体を強く押して、俺の顔を見ている。
表情の真剣さはヌシを彷彿とさせた。
いつもよりゆっくりだが、気が済むまで検査され続けるしかない。
腕を掴んで肩を回されたりしたが、もちろん問題なかった。
そうして一通り終わったのか、ロニアが腰に手を当て、一息ついた。
やっと、終わったか……
かなり念入りにされたな。
無事なのはわかってもらえたが、どうやら怒りは収まらないらしい。
俺を見下ろすロニアの視線が痛い。
戦況未ダニ好転セズ。誰か助けてくれー!
頭を抱えてると、ロニアが鼻をすんすんとして、手の匂いを嗅いでる。
なにか匂いが気になるのか?
不思議というか訝しげな顔をしている。
暫く嗅いだ後に、俺の服の匂いを嗅いできた。
なんだ、なんだ。俺そんな臭かったか?
泣くぞ?
俺は涙をこらえ、服を自分の鼻に押し当てた。
燻製の香ばしい香りがする。
いい匂いだ……
少なくとも嫌な臭いはしないみたいで安心した。
ロニアが不思議そうな顔をしてる。
あー、この匂いが気になるのか。
燻製の匂いなんて普通にしてたらこんなにつかないしな。
……そうだ、燻製袋!
俺は腰帯に括り付けた燻製袋を見る。
ちゃんとついててよかった。
この燻製むちゃくちゃ美味かったし、
渡すことで何とか許してもらえないだろうか。
印籠を掲げるように袋を取ろうとした。
が、取れない。紐が固すぎる。
ぎっちぎちに固められてて微動だにしない。
誰だよ!こんなにガチガチに締めた奴!
急いで解こうとするが、慌てれば慌てるほど解けない。
「リスケ?」
ロニアが眉をひそめている。
また何かしでかすのではないかと疑ってるのだろう。
違う、違うんだって!この紐が!
許しを請うための行動で余計に怒りを買いそうだ。
俺は腰帯を全部外し、腰帯ごと燻製袋をロニアに差し出した。
ロニアが袋を受け取り、不思議そうな顔をしている。
そのまま紐をほどき始めた。
丁寧な手つきでスルスルと解いていく。
あんなに固かったのに。
俺が慌ててたからか、ロニアの力が強いのかはてさて。
ロニアが紐を解き切り、中を覗き込む。
目を見開き、こっちを見てくる。
お、なんだ。
ロニアの目がやけにキラキラしてる。
その後も燻製を見ては空を見上げる。
それを何度も繰り返し、悩ましそうだ。
まさか燻製がここまで効くとは。
まぁ、たしかに。美味かったもんな。
悩みに悩んだ末に、
「リスケ、食べる、いい?」
どうやら燻製に軍配があがったらしい。
「ああ!」
俺は全力で頷いた。
安いもんだ、燻製の一つくらい。許してもらえるなら。
ロニアが袋に指を入れ、燻製を取り出した。
……肉だ、とろける旨さの俺の肉。
お肉ちゃんが日差しを浴びて、黄金色の肌がきらきらと輝いている。
それを選ぶとはお目が高いですね、ロニアさん。
奥歯がぐぎりと鳴った。
ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ。
ロニアが肉を一口かじった。
俺は内唇をかじった。
「ん~~~~!」
耳がへにゃりと折れ、頬に手を当てている。
……感想は聞かなくてもわかるな。
そんなロニアの表情を見て、肩の力が抜けた。
さっきの圧はどこへやら、だな。
目の前にはただ可愛い骨抜きうさぎがいるだけだった。
残りも口に放り込み、両手を頬に当ててくねくねしてる。
ゆっくりと噛みしめて、味を楽しんでる。
心配かけちゃったしな、これくらいならまぁ……
と、一息ついた矢先に、
ロニアが袋に手を入れ、今度は野菜を取り出した。
ロ、ロニアさん……?まだいくんですか?
こめかみに汗がにじむ。
そんな俺にお構いなしに、野菜を美味しそうに楽しんでらっしゃる。
そう、美味い、美味いんだよ。
例えるならそう、並んでやっとのこと買えたケーキ。
それくらいの美味さがある。
だからこそ!わかってもらえないか、この状況の辛さが!
わかってもらえるよね!?
ロニアが三度袋に手を入れようとした時、
おっとりお姉さんがロニアの肩を叩いた。
お姉さんがこちらを見ている。
ロニアがお姉さんに釣られるようにこちらを見た。
ぎょっとした顔をした後に、袋からゆっくりと手を引いた。
ソンナニオカシイカ?タベナイノ?
信賞必罰、信賞必罰、これが罪の味なんだ。
ロニアが恥ずかしそうに頬を掻いてる。
夢中になって食べてたのが恥ずかしいみたいだ。
まぁ、なんにせよ、許してもらえたならよかった。
ほっと胸をなでおろす。
顔を上げるとお姉さんと目が合った。
「こんにちは」
お姉さんが俺に微笑む。
「こんにちは」
本日二度目の挨拶、今度は問題なく返せてよかった。
そういや、なんでこのお姉さんがここにいるんだ?
俺の戸惑う様子を見たロニアが、お姉さんに手を向ける。
「ミレナ」
人を紹介する時のような動作だ。
ということは、名前だろうか。
「ミレナ?」
お姉さんに問いかけると、微笑みながら手をひらひらと振ってきた。
妙に絵になる、お嬢様って感じだ。
「ミレナ、リスケ、聞いた」
ロニアがあきれ顔で訴えてくる。
ミレナから聞いたってことだろうか。
ふたりは友達なのかな。
ミレナとロニアが何かを話している。
やけに気安い感じだ。
あーだからか、二人が一緒にいるのは。
ロニアが探しに来て、その付き添いって感じか。
なるほどなと一人で納得してると、
「リスケ!帰る!!」
ロニアが俺の首根っこを掴んで引っ張った。
ちょ、ちょっとロニアさん?
首を下に引かれて後ろにこけそうになる。
ロニアがずんずん進む、農場が離れていく。
連れ去られる俺に気付いた農家の人が、楽しそうに手を振ってきた。
俺も手を振り返す。
またなー!
……じゃない、助けてくれー!
のんきに手を振る農家たちの姿が遠ざかって行った。




