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Day18. 昆虫平民 なろう男

歩いていくじいさんの背中を見つめる。

あそこまで素っ気なくされたのははじめてかもな……

怒らせてしまったのか、なんなのか。


白髪のじいさんの様子を見るに、

歓迎はされてないことだけは確かだろう。

ただ不愛想ってだけな可能性は……ないだろうなぁ。


俺の横を風が吹き抜けていく。

べつに寂しくなんかないし……


誰に対してかわからない虚勢を張ってると、

さっきの白髪のじいさんがしゃがみ込んでるのが見えた。

片膝をついて、地面に手をついている。


おいおい、まさか体調崩したりしたんじゃないだろうな?

走って近寄っていく。

が、どうやら俺の杞憂だったらしい。


畑の土を掬って厳しい顔をしてるのが見える。

さっき俺に向けた表情よりも険しい。


邪魔しようものならどうなるか……

無事みたいだし、下手に関わらないほうがよさそうだ。


白髪のじいさんがため息をつき、畑に土を戻した。

「――!――、――」

立ち上がり、まわりの人に何か声を掛けていく。


それを聞いた人たちが頷き、走ってどこかへ行ったり、

自分の作業を中断して寄ってきたりし始めた。


なにか指示でもされたのか?

じいさんはじいさんでその後も畑や野菜をチェックしては、

まわりに声を掛け続けている。


この畑の偉い人なのかな?

それならさっきの態度もなんとなく納得がいく。

完全に作業を止めてしまってたもんな……


ぐぎぎぎぎ、気になる……

自分の生活圏の畑がどうなってるのか、非常に気になる。


けど俺が居たら作業の邪魔になるかもしれない。

俺の中の天使と悪魔がせめぎ合う。


……ん?ちょっと待てよ。

よくよく考えてみたら、別に俺自身は邪魔してないよな?

さっきのも、俺から何かして作業を止めたわけではない。


それに俺のことが物珍しくて寄ってきたのも、畑ヌシの一喝でもう起こらないはず。

……なら、少しくらい、いいか。


邪魔しないようにコソコソ見よう。

うん、そうしよう。

それで軽く見たら邪魔にならないうちに帰ろう。


心に免罪符を発行し、畑観光を続けることにした。

改めてゆっくりと畑を見てみる。

いい景色だ、あたり一面の畑って妙なすがすがしさがあるよな。


それに来た時は緑だ、野菜かな?くらいにしか思わなかったが、

よく見るとかなり違う。

葉っぱの形が違ったり、地肌から何か白いものが見えてたり、蔓から実がぶら下がってたりで、博覧会みたいだ。


きれいに区画分けされてるから差がはっきり見えて面白いな。

高さに差があったり、葉っぱでグラデーションが出来てたり、

そういうアートだって言われたら信じてしまいそうになる。


景色に見惚れながら歩いていくと、小さい樽のようなものを抱えて走ってく人が見えた。

ヌシに何か指示されてた人かな?


さっきまでヌシが土を見ていたところまで走っていき、樽に手を突っ込んだ。

バサァ!って音が聞こえてきそうな勢いで土に粉を撒きだした。

力士みたいな迫力だ。


農薬……ではないか、土の様子見てたし肥料なのかな?

ヌシって勝手に呼んでたけどあながち間違いじゃなさそう。

まぁ、これだけ広い畑だし、

各々好き勝手やるより仕切る人がいた方が楽だよな。


前の方でヌシと農家の人が話してる。

土を指してから別の場所を指さして何か言ってる。

あ、農家の人が走り出した。

ヌシが声を掛けるたび、周りの人がすぐに動いていく。

……もしかしてヌシって俺の想像以上に偉いのか?


お、また樽みたいなの抱えて帰ってきた。

肥料だろと高をくくってると細い何かが顔を見せた。


蛇?なんで蛇……

いや、蛇にしてはなんかおかしいぞ。

妙に細いというかうねうねしすぎだろ。


もしかして、ミミズか?

デカすぎだろ、ワームって言われた方がしっくりきそうだぞ。


それを掴んで持ち上げて……グロいな……

ミミズのサイズが5倍くらいってだけでも嫌なのに、化け物感があるのがまた……


農家は掴んだミミズをそのまま畑に放り投げた。

口がスースーする。

思いがけない行動に口があいてたらしい。


言われてみりゃ、そりゃそうか。

俺にとっては化け物でも、ここの人たちにとってはミミズだもんな。


ダイナミックなうねりで土の中に潜っていく。

農家の人はそれを見届けた後、どっかに行ってしまった。

あれでいいらしい、ホントかよ。


ちょくちょく異世界っぽいもの出してくるよな、この世界。

もう少しなろうっぽいことも出してくれると嬉しいんだけどなー。

どうにかなりませんかね?


どうにもならないことを一人でぼやいてると、

少し先の方で農家の人がしゃがみ込んでるのが見えた。

葉っぱを1枚1枚丁寧にめくってる。


これはわかる、品質チェックだろうな。

足元の葉に目をやる。

まぁ見るくらいなら邪魔にはならんしよかろうも、どれどれ。


俺は農家の人から少し離れたところに腰を下ろす。

キャベツとかに近い雰囲気だな、あれだな、葉っぱ食べるやつ。


俺の知ってるどの野菜とも違うけど、雰囲気は似てくるんだな。

チラリチラリと葉をめくってく。


美味しそうな、ええ色してはりますなぁ。

ペラリペラリ。

グニっ。

……グニっ?


指先から伝わる鈍いゴムのような弾力。

嫌な汗が吹き出てくる。


待て待て、まだそうと決まったわけじゃない。

落ち着いて深呼吸を……

ぐにりぐにりと指先から激しい主張が伝わる。


腕から背中にかけて一気に産毛が総立つ。

諦めと共に俺は葉っぱを捲った。


葉の裏に広がる異国情緒溢れる光景に、

頭が真っ白になった。


「イヤあああああああああああ」

あまりにも情けない悲鳴が響き渡る。


授業参観日の子どもよりも勇ましく手を振り上げた。

その勢いを支えきれず背中を地面に打ち付ける。


キモいキモいキモいキモいキモすぎる!

地球産のイモムシに比べて育ちがいいのは言うまでもなく、デザインがあまりにもキモすぎる。


もし、デザイナーにキモいイモムシを作ってくださいって頼んで、これが出てきたらキモすぎるので却下でって言うくらいキモい、生理的に受け付けない。


誰か!俺のこの指を今すぐ切り落としてくれ!!

俺が無様にのたうち回ってると、何事かと農家の人が駆け寄ってきた。


俺の呪われた指が野菜に向いてるのを見て、野菜を確認してる。

「あっははははははは」

てめぇ!何がおかしいんだコノヤロー!


農家の人は慣れた手つきでイモムシを摘むと、そのまま足元に落とした。

プチュリ。

虫が潰れる音がした。


私のお顔の前で!虫踏まないでください!

あまりの出来事に失神しそう。

むしろしなかった俺を褒めてくれ。


深いため息と共に立ち上がる。

周りを見ると、雑草を抜いたり、籠を運んだり、

水路をいじったり、それぞれが自分の作業をしている。


これがこの人たちの毎日なんだな。

眺めていると、背後からなにか音がする。

空気を震わせるような、強烈な音。

振り返った先には――

人のサイズくらいのハチがいた。


こっわ!迫力が違いすぎる。

こいつもこの世界では普通なのか。


パッと周りを見ると、農家の人たちの顔がどんどん青ざめていく。

「――」

誰かの一声をきっかけに堰を切ったように一斉に走り出した。


周りから悲鳴が聞こえる。

こいつはヤバいのかよ!

畑から人がいなくなり、視界がひらける。


俺も逃げるために走り出そうとしたが、

ハチの背後に何かが見え、立ち止まった。

あれは……ヌシ?


そこには、白髪のじいさんが棒を片手に立っていた。

そのまま不機嫌そうな顔で、どんどんハチに近づいていく。

みんな逃げだしてるのに、なにやってんだ!?


距離が詰まるにつれ、足取りが静かになる。

なのに無造作なのは一切変わらない。

ヌシが腰もとに手を伸ばし、

……何かを取り出した?


手には小さな筒が握られていた。

蓋を開けると、細い煙が立ち昇る。

中で赤く燻っている何かを、棒の先に巻いてる布に落とし、

息を吹きかけた。


布に火がついた、そう思った矢先に激しく燃え上がった。

凄い火力だ、油にでも漬け込んでたのか!?


とうとうヌシが背後に立った。

炎の激しさがヌシの不機嫌さを代弁してるかのようだ。

巨大バチが異変に気付き振り返ろうとしたがもう遅い。

ヌシが酒でも注ぐような気軽さで巨大バチに火をつけた。


呆気にとられて足が止まる。

何が起きてんだ?


羽に火がつく。

羽から羽へ、さらに全身の産毛へと燃え移っていく。

真っ赤な光が全身を包んでいった。

いつか見た、キャンプファイヤーみたいだ。


巨大バチが燃えながら暴れまわっている。

断末魔なのか、甲高い威嚇音にも似た音が響いた。


限界がきたのか、巨大バチがふらふらとしながら落下していく。

赤い塊が、緑のカーペットに近づく。

なっ!そっちには畑が!

走り出そうとするがもう遅い。

この距離で俺が走ろうが間に合わないだろう。


畑に墜落したらここの人たちが作った野菜がすべて燃えて駄目になる。

そんなのあんまりだろ。


俺は走りだした。

全部とは言わなくても、少しでも救えたらそれでいい。


身体が軋む。

あーもう、今日はこんなんばっかだな!

そんな俺の苦労をよそに、ヌシが棒を構え、身体を大きく捻った。


なにやって――

次の瞬間、ヌシが棒を思いっきり振り抜いた。

メジャーもびっくりなスラッガーのフォームだ。


棒が巨大バチの土手っ腹に吸い込まれるように、叩き込まれる。

が、飛ばない。

あのデカさを考えたら当たり前だ。


ハチの重みとヌシのスイングがせめぎ合う。

軋む音がここまで聞こえてきそうだ。

ヌシがさらに強く足に力を込め、棒を振り抜いた。


バキィという音がする。

名も無きデクノカリバーが折れ、折れた先端がハチと一緒に転がっていった。

あまりの出来事に言葉が出ない。

なんだこれ。


ヌシが残った棒を端の方に投げ捨てる。

そこまでメジャーリーガーなのかよ。

空いた手を腰に当て、ふーっと息を吐きだした。

無造作でそうはみえなかったが、緊張してたらしい。


そうだ、ハチは?

転がった方を確認すると

パチパチという音と共に、ハチの動きが少しずつ緩慢になってきた。

そのうち動きが完全に止まり、火の音だけが残った。


なんでじいさんがなろう系みたいなことしてんだ……

俺からもため息が出た。


「――!」

他の農家の人たちも集まってきた。

何人かが水路から水を汲み、焚きバチに掛けていく。


やれやれ、これで一件落着かと思っていると、

「――!――!」

農家の一人がヌシにモノ申しているらしい。


すごい剣幕で何か言ってる。

けど肝心のヌシは煩わしそうに後頭部を掻いた後、

手の甲で雑に追い払ってしまった。


なんていうか、昔気質の人なんだな。

あくまで俺らの世界の日本での昔だけど。


ぼーっと眺めてると、赤いものが目に入った。

よく見ると野菜が少し燃えてる。

殴った時に火の粉が飛んだんだろうか。


「おい!火!火!」

俺は大声で伝えた。

農家の人たちが消火した焚きバチを指さし、笑顔で手を振ってくる。


あーもう、そっちじゃねぇって。

俺は走って野菜のところまで行き、燃えた野菜を拾い上げた。

「あちっあちあちっ」

熱くて持ってられないので、お手玉みたいに手で転がす。

そのまま水路に向けて野菜を放り投げた。


ジュッという音と同時に、焦げた匂いが漂ってきた。

畑の端で食い止めたけど、いくつか燃えてしまってるみたいだ。


あー間に合わなかったか。

残りの野菜にも農家の人たちが水を掛けてた。

どうやらもう燃えてるものはなさそうだ。


「リスケ!ありがとう!」

農家の人がお礼を伝えてきた。


「いや、でも……」

俺は燃えた野菜を指さし、少し俯いた。


農家の人は首を傾げたがすぐに大声で笑いだした。

背中をバシンバシン叩いてくる。

いたい、いたい。


燃えた野菜を手に取り少し遠くの方を指さし、歩き出した。

なんだ?

俺も水路から野菜を拾い上げ、ついていく。


屋根のあるスペースが見えてきた、休憩所か?

柱に屋根がついてるだけの簡単な場所だが、

棚とか机とかいろいろ置かれてる。


農家の人が机に野菜をのせ、ナイフでざっくりと外側を落としてく。

残った部分を適当にカットし、桶に貯めた水で洗っていく。


洗い終わると炉に火を入れた。

炉というには石で囲っただけの簡易なものだけど。

いろいろと揃ってるらしい。


鍋に洗った野菜を入れていく。

上から油を回しかけて、さらに別の野菜も少し追加してる。

軽く塩みたいなのを振りかけると、じゃっじゃっと鍋を振っていく。


棚から皿を出し、盛り付け……俺の前に置かれた。

農家の人がにやにやとこちらを見てる。


食うのか、俺が……?

フォークを手に取り口へと運ぶ。


え、うま。

ロニアの料理とは違った素材のうまみがする。


こう、野菜が甘い感じ?

軽く振られた塩味とにんにくみたいな風味がアクセントになっててうまい。


農家の人が俺の反応を見て満足そうにし、

残りの燃えた野菜も調理していく。

他の人たちも、続々とやってきた。


各々野菜炒めを盛り付けたり、勝手に何か作ったりして好きに食べてる。

無駄にはならなかったんだな。

俺はほっと胸をなでおろした。


俺が野菜を楽しんでると、急に寒気が出てきた。

背筋がぞくぞくする、なんだ?

その答えはすぐにわかった。


「リースーケー?」

振り向くと、すぐ後ろにロニアが立っていた。

それもこれでもかというくらいの笑顔で。


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