Day20. 出荷となろう!
ロニアにズルズルと引きずられながら坂を上っていく。
引きずられると言っても、俺が後ろ向きに歩いてるだけだが。
最初こそ、コケそうになって危なかったんだが……
案外慣れるもんなんだな。
元からこんな歩き方だったかのように思えてきた。
後ろからついてきてるミレナを見る。
あれ、おかしいな。
さっきまでそれどころじゃなくて気付かなかったが、ミレナの格好がおかしい。
いや、おかしくないのがおかしいというか、見慣れたような服装なのが変だ。
俺がお嬢様って印象を受けたのはミレナの雰囲気もあったがそれだけでなく、服装もそうだ。
白いワンピースにツバの広い白帽子を被っている。
完全に避暑地のお嬢様だ……
というか、本当にお嬢様だったりするのか?
村の有力者の……そもそも村に有力者が居るのか?
まぁ、そりゃ居るか。
みんなのほほんとしてるからイメージが湧かないが。
そんなミレナは、引きずられていく俺を見て、最初こそ心配そうにオドオドしてたが、あっちも慣れたらしい。
これが当たり前かのように平然と歩いてる。
あのー、助けてくれてもいいんですよ?
今朝見た景色が逆再生のように遠ざかっていく。
行きと帰りで景色が違うのはあるあるだけど、多分こういうことではないと思う。
チラリと肩越しにロニアを見る。
さっきほど怒ってるわけではないが、それでもまだご立腹だ。
足早に歩きさっさと帰りたそうにしてる。
農場を出る辺りで首根っこを引っ張る強さは緩くなってたが、俺の様子からいけると感じたからか、今では容赦なく引っ張ってくる。
だんだん散歩される犬みたいな気分になってきたぞ。
そんな風に坂道を上って行ってると、ロニアの足がピタッと止まった。
「うわっ」
慣性に抗えず、後ろに引っ張られる。
ロニアの後頭部に俺の後頭部がめり込みそうになり……なんとか堪えた。
あっぶな、これ以上燃料を注ぐのは御免だぞ。
なにかあったのかと俺が振り向くよりも前に、香りが漂ってきた。
この香ばしくていい匂い、燻製のとこか。
振り返りロニアを見ると、小屋の方を眺めてる。
俺も小屋を見るが今朝と同じように煙をこれでもかと吐き出してるだけで特に変わった所は何も無い。
なんだ?
もう一度ロニアを見ると、今度は視線が少し下を向いていた。
その先を追ってみる。
……俺の燻製袋だ。
おいおいおい、まさか……まだ食べるつもりじゃないよな?
「ロ、ロニアさん?」
おそるおそる声を掛けた。
ロニアがびくんッと肩を震わせ、耳が勢いよく跳ね上がる。
「んんっ」
すぐにわざとらしい咳払いが聞こえた。
……絶対食べるつもりだったろ。
「リスケ、行く!」
ロニアが俺に有無を言わさず、歩き出した。
ただ、耳だけは白状するみたいに忙しなく動いていた。
引きずられ景色が前に流れてく。
その中に見覚えのある顔が見えた。
あれは……リルか!
リルがわんぱく盛りに、元気よく走り回ってるのが見えた。
いつ見ても元気だな。
まぁ、別れたのはさっきだけど。
俺が視線を送ってるとあっちも気づいたみたいだ。
こっちに向かって笑顔で勢いよく手を振ってきた。
ブンブンと音が聞こえてきそうだ。
俺も大きく手を振り返す。
リルは最初こそ片手で振ってたが、両手になり、ついには全身で振ってきた。
そのうち空に飛んでいきそうな勢いだ。
が、徐々に勢いが無くなっていく。
どうした?わんぱく疲れか?
手を振るのをやめたリルが目を細め、こちらをジーッと見てくる。
観察されてるみたいでソワソワするな。
なにかに気付いたらしい、表情が変わった。
聞こえるはずのない距離なのに表情から小さく、
「あっ」
と聞こえてきた。
気付いたかリル、助けてくれー!
俺の期待を他所に、リルが悲しそうな顔で小さく手を振ってきた。
いつものわんぱくさはどこに行ったんだ!?
リルがどんどん小さくなっていく。
ドナドナドナ、出荷される動物ってこんな気持ちだったんだな。
小さな少女がついに見えなくなってしまった。
どうやら諦めるしかないらしい。
気付けばあたりの景色も見慣れたものになってきた。
この感じだと、そろそろだな。
振り返り進行方向を見ると、ロニアの家が目に入った。
そのまま家がだんだん近づいてきて……
通り過ぎて行った。
あ、あれ?帰るんじゃ……
「ロニア?」
俺が呼び掛けても止まることなく進んでいく。
耳がぴこぴこと動き、妙にやる気に満ちている。
気付いてないわけないはずなんだが……
日が浅い俺でもわかるくらいだし。
視線を前に戻す。
ミレナと目が合うが微笑むだけで、気にした様子もなく歩いている。
止めないのか?
俺は一体どこに連れてかれるんだ。
まさか、本当に出荷されるのか?
ジェルグとシェイラが言ってたのはこのことだったのか……
ロニアの怒りに触れたものは、
有無を言わさず出荷されるという村伝説。
いや、さすがにないな。
取りとめもないことを考えていると、ロニアの足が止まった。
お、着いたのか?
首元を掴む手が緩んでいく。
俺は倒れないように後ろに掛かってた体重を戻す。
前を向くと、他の家とは雰囲気の違う建物があった。
屋敷ってほどじゃないが、かなり大きい。
それだけじゃなく、なんというか……立派だ。
ロニアが振り返ってこっちを見た。
こっちというよりミレナの方を向いている。
ふんふんと鼻息が荒い。
待ち遠しくて仕方ないって感じだ。
ミレナの方を見ると、いつもの通り微笑みながら口元に手を当て、
あらあら、まぁまぁといった風情だ。
ミレナがドアを開け、こちらを振り返る。
「どうぞ」と言わんばかりに、片手で中を示した。
所作が丁寧ですこと。
ロニアが跳ねるように中に入っていった。
俺もその後に続く。
うお、眩しい!
中に入ると、かなり明るい。
ロニアの家よりも灯りが多い。
それだけじゃなく、足元から柔らかい感触が伝わってくる。
カーペット?アクセントラグってやつだろうか?
……庶民的な言い方をするなら玄関マットだ。
置いてある物も、使えればいいって感じじゃない。
見た目にも気を使ってるというか。
家具ではなくインテリアって呼びたくなる。
例えばテーブルなんかは漆を塗ったような光沢があるし、
テーブルの下にだけワンポイントでカーペットが敷かれている。
俺の自宅より良い部屋なんじゃないかこれ。
「リスケ、座る」
俺が呆気に取られてると、ミレナから声が掛けられた。
ふわりとした優しい響きだ。
ロニアはもう座っていて、ご機嫌そうにニコニコしてる。
ちょっと前まで怒ってたのが嘘みたいだ。
俺が椅子に歩きはじめるのを見るとミレナは奥の方へ行ってしまった。
なにか取りに行ったんだろうか。
俺もロニアの横に腰かけた。
……え、なんだこれ。
椅子がすべすべだ。
ひじ掛けを撫でる手が止まらない。
あまりに滑らかな手触りで触ってて気持ちいい。
木材ってこんなに磨けるのか。
俺が手触りを堪能してると、ロニアがこちらを見てきた。
ひじ掛けを撫でまわす俺を見て、にやにやしてる。
が、俺は見逃さなかった。
ロニアの俺と反対側の手がひじ掛けを撫でまわしているのを。
恐るべし、シルク椅子。ずっと撫でてられるな。
馬鹿なことをやってるとミレナが戻ってきた。
お盆のようなものに何かを乗せている。
村にあまり似つかわしくない物が出てきた。
陶器で出来たティーポットだ。
この調度品にティーポット、間違いない。
ミレナって本当にお嬢様なんだな。
ティーポットを見てると、視界の端で何かが動くのが見えた。
……ロニアの耳だ。
耳が嬉しそうに跳ねて、目までキラキラしてる。
そりゃあんなに急ぐよな。
こんなに楽しみにしてたのに、わざわざ俺を探しに来たんだな。
そんなに頼りないか俺?
俺が肩を落としてると、ロニアの前にポットとカップが置かれた。
待ちかねてたロニアのテンションも最高潮になり、
今にも席から立ちあがりそうになってる。
ミレナがポットを傾ける。
カップからすぐに湯気が立ち上り、香りが広がる。
いい匂いだ、力が抜けるな。
「――、ある。――、――?」
ミレナが何かロニアに聞いてる。
なんだろう、何かいるか聞いてるんだろうけど。
「うん!――、――!」
ロニアが指を二本立てて、嬉しそうに答えてる。
俺が悩んでいるとすぐに答えがやってきた。
ミレナが白い液体と塊を持ってきた。
ロニアが液体をカップに注ぐ。
元の琥珀色と混ざり合い綺麗なクリーム色に変わっていく。
そのまま白い塊を2個ほど指先でつまみカップに落とした。
小さめの木のスプーンでかき混ぜていく。
そうか、ミルクと砂糖か。
身近なものを感じると親近感がわくな。
ロニアがスプーンを机に置き、カップを手に取った。
両手で口元まで運び、まずは香りを堪能している。
あんなにピンッと立っていた耳が、すっかりへなへなに。
そのままカップを傾け一口。
すっかり頬が緩み切ってしまい、だらしない顔一歩手前だ。
尻尾があったらとんでもないことになってそうだ。
幸せそうなロニアを眺めてると、俺の前にカップが置かれた。
「えっ」
予想外の出来事に素っ頓狂な声が出た。
「――、嫌い?」
俺の反応を見たミレナが目をぱちぱちさせた後、不安げに聞いてきた。
俺は慌てて首を左右に振る。
「いやいやいや、好き、好き!」
ミレナが俺の返答にニコリと微笑みカップに紅茶らしきものを注いでいく。
これは別に気を遣ったわけじゃない。
本当に好きだからだ。
あっちの世界では紅茶系の飲料やオーレタイプのものばかり飲んでいたくらいには気に入っている。
……正直少し羨ましいくらいだったから、素直に嬉しい。
温かな香りに包まれ、心がほぐれる。
ミレナがミルクの容器と砂糖を順に持ち上げた。
「ミルク、砂糖、いる?」
「いる」
ミレナの問いに返すと、スっと差し出された。
砂糖を2つ摘み、カップに落とす。
ポトンと心地いい音が鳴る。
木のスプーンで少し混ぜ、ミルクの容器を手に取る。
容器に触れると、冷たさが手に伝わってきた。
あれ、ひんやりしてる。
ミルクだから当たり前なんだが、
この世界にも冷やせるなにかがあるのか?
……いや、まぁ川とか水を使ったらいくらでも方法はあるか。
一家に一台の白物家電を思い浮かべたがすぐにかぶりを振った。
カップにミルクを注ぎ、スプーンで混ぜ合わせる。
色が溶け合い白っぽくなってきた。
……よし、綺麗なクリーム色、我ながらいい塩梅だろう。
スプーンを置き、カップを持ち上げ一口。
「美味い」
ほんのりとした甘みとコクが、紅茶の風味と混ざり合う。
柔らかな熱が体に染みていく。
無意識にホッと息を吐き出した。
気付かないうちに緊張してたらしい。
ミレナも自分の分のカップを用意し、紅茶をゆっくりと楽しんでいる。
純粋に紅茶を楽しむだけのお茶会って案外初めてかもな。
ロニアが幸せそうにカップを抱え、ミレナも優雅にカップを傾けている。
誰が喋るでもなく、三人で静かに紅茶を味わう。
時折、陶器の触れ合う小さな音だけが部屋に響いていた。




