Day 16. はじめてのおてつだい、になろう!!
ジェルグとシェイラが坂を降りていくのを、
ぼーっと眺めていた。
ふたりの背中が少しずつ小さくなっていく。
気のいいおっちゃんと、近所のお姉ちゃんって感じだったのに、かわるもんだなぁ。
ふたりの背中が、やけに遠く感じる。
……狩りに行くだけなのに、なに言ってんだか。
さて、探索探索、日が真上に来るまでには戻っといた方がいいだろうしな。
俺は軽く頭を振り、急ぐように坂を降り始めた。
坂を降りていくにつれて、人が増えてきた。
人の数に合わせるように、建物の数も増えていく。
下の方はえらく、雰囲気が違うな。
ロニアの家があるあたりは、閑静な住宅地って感じだった。
けどここは、ごちゃついてる。
というか、生活感がある?
建物をよく見ると、全部が家ってわけでもないみたいだ。
農具が所狭しと置かれた小屋だったり、荷物が山積みになってる建物だったり。
その前では何人かが箱を開けて、中身を仕分けている。
どこかから木を叩く音や、人を呼ぶ声も聞こえてくる。
ああ、ここは仕事場なのか。
そりゃ、家も増えるよな。
誰だって職場に近い方がいいし。
いや、仕事思い出すから遠い方がいいって人もいるか。
辺りを見ながら降りていると、道の端に井戸がある。
井戸を囲うように女の人が集まって話をしてる。
おお、井戸端会議だ。
みんな桶を持ってきてるのに、桶は空のままだ。
やっぱり井戸があったらこうなるんだな。
視線を前に戻すと、農具を持って降りてく人たちが見える。
この先に畑があるのか。
そういえば景色もどことなく森の中っぽいし、空気も濃くなってきた気がする。
……森、か。
脳裏に緑の影がちらつく。
鼓動が早くなり、息が浅くなる。
「……っ!」
大丈夫、大丈夫だ。
ここは村の中なんだからあいつはいない。
自分に言い聞かせ、必死に落ち着こうとしてると――
「――?」
小さな女の子が心配そうにこちらを見あげていた。
女の子と目が合い、
鼓動が落ち着いていく。
女の子が手に持ってた桶をこちらに差し出し、
「水、飲む?」
と聞いてきた。
口元が少し緩む。
俺は女の子の頭に手を乗せ撫でながら、さっきの言葉を真似て答える。
「大丈夫だよ」
すると女の子が、笑いながら坂の下の方へ走っていった。
あの子のおかげだな。
俺は軽く自分の頬を叩き、歩き出した。
「ん?なんだ、この匂い」
ふと、香ばしくほんのりと甘い香りが漂ってきた。
つい足を止めてしまう。
いい匂いだ……
さっき朝食を食べたばかりなのに胃袋を刺激される。
この匂いは……こっちか?
節操もなく匂いに釣られ、フラフラと歩いていく。
すると、煙をこれでもかと吐き出してる建物が目に入ってきた。
窓やドアの隙間から煙が漏れ出している。
なんだ!?火事か!?
一気に我に返り、
俺は慌てて建物に駆け寄った。
こんなとこで火事になんかなってみろ、全員助からないぞ。
身体が軋む、けどそんなこと構ってられない。
俺はドアの前まで駆け寄ると勢いよく開け放った。
目の前が真っ白になる。
大量の煙が雪崩のように押し寄せてきた。
「いってえええええええええええ」
ぎゃああああ、染みる!染みる!!
目が!俺の目が!!
俺はその場に転がり、のたうち回った。
身体が軋む、けどそんなこと構ってられない!
涙が止まらない、玉ねぎなんかめじゃない。
俺が鯉よろしく跳ね回っていると、
声が掛かってきた。
「大丈夫か?」
全然大丈夫じゃねえ!!
という叫びを喉元でグッと堪え、答える。
「大丈夫……」
カッスカスの声が出た。
遠慮がちに近づいてくる気配がする。
煙デトックスが進み、少しずつ目が開いてきた。
ボヤけた視界にはゴーグルを頭にかけ、布を口元に巻いた男性が怪訝な顔でこちらを見ていた。
指で口元の布を少しずらしている。
俺がよろよろと立ち上がろうとすると、手を差し伸べられる。
「……ありがとう」
手を握り返すと、身体がぐんっと引き上げられる。
立ち上がり、目をシパシパさせる。
まだ染みてる気がするな……
ってそうだ、火事!
俺は建物の方を急いで確認する。
が、火元が見つからない。
それどころかさっきまでの煙が嘘のように減っている。
火事にしては妙だ。
燃えてるって感じでもなさそうだし。
じゃあさっきの煙は?
「――?」
ゴーグルの人が声をかけてくる。
俺は建物の方を指さし、
「火、大丈夫か?」
と、尋ねた。
ゴーグルの人は俺の様子に腑が落ちたようで、ひょいひょいと手招きしてくる。
なんだろ。
俺はゴーグルの人に招かれるがまま、建物の中について行った。
中に入ると、全身が香ばしくほんのり甘い香りに包まれる。
香りの圧が凄い、胃袋が刺激されるどころか、鷲掴みにされて振り回されてる気分だ。
くぅーたまらんなー!
匂いの元を探すとあっさり見つかった。
網棚みたいな所に肉や野菜が並べられ、そこに煙がたっぷりと当てられている。
もしかして、燻製か?
それならあの煙の量もこの腹の高鳴りも納得だ。
それにしても……この美しい色にツヤのある輝き、見てるだけでヨダレが出てくるな……
チップがいいのか腕がいいのか、見事な出来だ。
俺が宝の山に目を奪われてると、
「――!」
後ろから声がする。
なんだ?
振り返ると手ぬぐいを頭に巻いた人が、大量の木材を抱えて立っていた。
木材?なんで木材?
……そっか、そりゃそうだよな。
こんだけ大量の燻製を作るんだから木材も必要だよな。
よく見てみると、原木そのままではなく加工されてる。
燻製用に用意されたのか。
近くに加工場でもあるのかな?
ゴーグルの人が外に出て行ったので、俺もそれに続く。
ある意味いいタイミングだったな、これ以上ここにいたら食欲に負けて土下座してたかも。
部屋を出る前に、ちらりと網棚を見る。
さよならは言わない、またな!!
俺は燻製室から外に出た。
外に出ると爽やかな風が吹いた。
服から香ばしい香りが漂ってくる。
おろしたての服なのに、匂いが染み込んでしまった……
……今日一日腹減りそうだな。
外ではゴーグルの人と手ぬぐいの兄ちゃんがやり取りをしてる。
あ、ふたりで木材を抱えて歩き出した。
どこかにしまいにいくのか。
やることもないので何となくついて行こうとしたら、視界の端に跳ねてるものが映った。
ん?なんだ?
小さな子がぴょんぴょん跳ねてなにかを引っ掛けようとしてる。
その子の方に歩いていく。
あ、あの子、さっき声かけてくれた子か。
俺のことを心配そうに見上げてた顔を思い出す。
手には肉をいくつか紐で括ったものがある。
上の棒に掛けようと跳ねてるが微妙に届いてない。
俺はその子から紐をひょいと取り、棒に引っ掛けた。
最初はびっくりしてたが、俺の顔を見たらパッと表情が明るくなる。
ロニアも子供の時は、こんな感じだったんだろうなとふと思った。
「大丈夫か?」
「うん!大丈夫!」
ひまわりみたいに笑う子だな。
釣られてこっちまで明るくなる。
辺りを見ると、同じように肉がいくつも吊るされている。
よく見ると、肉だけじゃなく、野菜も吊り下げられてる。
これは干してるのか。
しかも結構な量が干されてる。
たしかに、冷蔵庫とかないもんな。
保存もきくし、干した方が旨くなるならそりゃやるか。
女の子がパタパタと走って行く。
どこに行ったのか目で追いかけると、箱から何かを取り出してる。
干すための肉と野菜だ。
両手にひとつずつ持って、走ってくる。
棒に引っ掛けようとして、また飛び始めた。
なるほどな、あれ全部干すためのものなのか。
小さい子には少し酷だしな。よし。
俺は女の子から紐をひょいと取り棒に掛け、空いた手を女の子に向けて差し出した。
きょとんと不思議そうな顔をしてる。
俺はちょいちょいと手で持ってくるように手招いてから、自分と棒を交互に指さす。
はっとした顔をした後、嬉しそうに箱の方へ走って行った。
通じたみたいでよかった。
女の子が紐肉、紐野菜を運んでくる。
俺はそれを受け取って、棒に掛けていく。
走り回らせちゃって申し訳ないな。
本当は箱ごと持ってきてあげたかったんだけど、
さすがにまだ持てなさそうだしな。
だけど、これはこれでいいとこもある。
お手伝いのお手伝いって感じがして少しほっこりする。
走り回ってる女の子も楽しそうに走ってる。
楽しそうならよかった。
慣れてきたのか女の子が両手に1本ずつ持ってきてたのが、
2本ずつ、3本ずつに増えてきた。
俺もまとめて受け取り、1本ずつ丁寧に掛けていく。
どんどん棒に掛けていく。
どんどん、どんどん、どんどん、どんどん……
いや、多いな!
棒をよく見たらまだ半分くらい残ってる。
この量を、この子にやらせるとか正気か!?
女の子は相変わらず楽しそうだ。
元気が過ぎるな。
思わず苦笑いする。
この村の食べ物がいいのか、地形のせいなのかはわからないが。
この村の人たちは基本、体力お化けと思った方がよさそうだ。
しばらく黙々と掛け続けて――
女の子の動きがぴたりと止まった。
ん?どうした?
と、なにかあったのかと寄ろうとしたら、
女の子が振り向いてばんざーい!と喜びだした。
おー、終わったのか。
俺は軽く一息つく。
思ったより大変だったな。
女の子がぱたぱたと走ってきて手をパーにしてこちらに出してくる。
これは、あれかな。
俺も手をパーにして女の子の高さに合わせて出す。
女の子が俺の手をパチンと叩いた。
ハイタッチだな。
女の子の明るくて無邪気な笑顔を見てると、
わりと大変だったけど手伝ってよかったな、と思える。
「――!」
後ろから声がする。
俺と女の子が声の方へ振り返ると、
さっきのゴーグルのおっちゃんがこっちへ歩いてきた。
女の子がゴーグルの人の方へ走って行き、勢いよく抱き着いた。
ゴーグルの人が女の子の頭を優しく撫でてる。
親子だったのか。
女の子がこっちの方を指さし、興奮したようになにか話しだした。
ゴーグルの人がしゃがみこみ、女の子の話を聞いてる。
やけに嬉しそうだ。
ゴーグルの人がこっちを見ると、
女の子を抱っこして歩いてきた。
「――、――?」
俺の後ろの干し場を指差しながら、なにかを聞いてくる。
あー、手伝ったことかな?
「ああ」
と、俺はとりあえずサムズアップで答えた。
何言ってるのかわからないけど、まぁ多分大丈夫だろ。
女の子をゆっくりと下ろし、さっきの燻製小屋の方を指さした。
ついてこいってことなのか?
俺が歩き出すと、ゴーグルの人も小屋に向かって歩き出した。
小屋に入ると、香りの暴力で顔を叩かれる。
落ち着いてゆっくりと息を吸い込む。
……顔がだらしなく緩みそう。
顔を締め直し、
黄金色のお宝たちに目を向ける。
また、会ったな。
思ったよりも早い再開だったけど。
横からすっと何かが差し出された。
……肉だ。
綺麗なキツネ色に染まり、表面もつやつやとしてる。
見てるだけでもう美味い。
俺が上質な燻製に息を呑んでると、
すっと俺に肉が近づけられる。
え、俺にか?
俺はとっさに肉と自分を交互に指さし、首を前に突き出した。
多分びっくりするくらいアホな顔してそうだ。
ゴーグルのおっちゃんはコクンと頷き俺に肉を渡してくる。
肉を手に取り、まずは香りを楽しむ。
はぁ……たまらんな。
旨味の予感にヨダレが出てくる。
それでは一口、いただきます……
肉をかじる。
う、美味い!!
噛んだ瞬間、肉汁がじゅわっと口の中に広がる。
スープだ……肉汁のスープだ……
旨味があまりにも凝縮されている。
口の中で噛み続けると、ほのかに甘い香りが広がる。
この甘い香りが肉の脂身を引き立て、より味が際立つ。
元居た世界でも、ここまでのは食べたことないかもしれない。
なんでこんなに燻製技術高いんだ?
技術がいいのかチップがいいのかあるいはその両方か、
なにがいいかはわからないけどとにかくうまい。
燻製って奥が深いんだな……
こいつで天下取れそう。
ゆっくり楽しむつもりが、気付いたら手元からなくなってた。
そ、そんな……
俺は深いため息とともに肩を落とした。
「あっはははははは」
ゴーグルのおっちゃんが面白そうに笑ってる。
そんなにおかしなことしてたか、俺?
肉の余韻を必死にかき集めてる俺の前に、
今度は袋が差し出された。
俺はさっきと同じように受け取ると、中身を確認する。
中には燻製された野菜とか肉がいくつか詰め込まれていた。
いや、いやいやいや。
流石にこんなには受け取れない。
俺は袋を咄嗟にゴーグルのおっちゃんに返すが、
首を振って受け取ってもらえない。
ゴーグルのおっちゃんが、遠くを見つめる。
視線を追うと、さっきの女の子がいた。
その顔は優しく、愛おしげで、
どれくらい大切なのかが一目でわかった。
おっちゃんがこっちを向いた。
「ありがとな」
真っ直ぐに俺の目を見て伝えてくる。
その目を見て俺は、何も言えなくなってしまった。
黙って呆けてると、おっちゃんがニッと笑った。
「持ってけ、持ってけ」
と、袋を俺の胸に押し付けてきた。
その後すぐに作業に戻り、俺に背を向けた。
「あの」
と、俺が声を掛けようとしたら、しっしっと手で追い払われてしまった。
なら、俺が言うべきなのは、これだな。
作業をしてるおっちゃんの背中に向けて、
「ありがとう!」
と、伝えた。
おっちゃんは黙々と作業を続けながら、片手でサムズアップを返してくれた。




