Day 15. 散歩日和になろう!!
ロニアが席に着き、ふたりで祈りを済ませる。
いつも通りの朝食だけど、さてさて。
フォークで口へと運び、一口。
うまい!
……まぁ、いつもうまいんだけど。
今日はいつもより気兼ねなく食べられるってことで、
よりダイレクトに味を楽しめる。
好奇心は猫を殺すけど、俺を殺すのは責任感なんだなぁ。
社会人が骨身にまで染みてるってことか……
どんどんフォークが進み、
「「ごちそうさまでした」」
あっという間に食べ終わってしまった。
流しに食器を運び、洗おうとする。
…………あれ?
てっきり止められるかと思ったが何も言われない。
ならこのまま洗いきってしまうか。
そのまま洗い物の手を進めようとしたら、
「リスケ」
ロニアから声が掛かった。
あちゃー、やっぱ止められるか。
と、ロニアの方を振り向くと、笑顔でこちらに手を伸ばしていた。
ん?なんだ?どういうことだ?
よく見ると、ロニアの手には布巾が握られていた。
どうやら洗ったものを拭くということらしい。
昨日の逆だな。
思わず笑みがこぼれる。
俺が皿を洗い、ロニアに渡す。
そしてロニアが皿を拭いていく。
静かに時間が流れていった。
片付けも終わり、部屋でゆったりと過ごす。
やることもないし、どうするかと悩んでると、
「リスケ」
ロニアが部屋に入ってきた。
ロニアの腕にはかごが掛けられていた。
「――、――、――?」
うーん、なんだろう。
かごとロニア自身と、外を順番に指さしてる。
用事で出かけたいのかな?
なら俺も、と思ったが。
「――、――」
ロニアが腕を前後に動かし走るような動作をして、
指で下を指す。
走って、ここに来る??
いや違うな、急ぐと帰ってくるかな。
俺がロニアの動作と音を真似し、
「急いで、帰る?」
と聞くと、こくこくと頷いた。
「――?」
外を指さして首を傾げてる。
用事があって出掛けるけど、
すぐに戻ってくるから行っていいか?ってことかな。
まぁ、べつにいいだろう。
わざわざ俺に聞くなんてロニアも律儀だな。
なんだか笑ってしまった。
「ああ、行って、いいぞ」
俺はロニアを快く送り出す。
「すぐ、帰るね」
と、ロニアが笑顔で手を振りながら外に向かう。
「ああ」
俺はそれに笑顔で手を振りながら答える。
ロニアがドアを開け、外に出かける。
そのまま何事もなくパタンと扉が閉まった。
「……あ」
ロニアの背中を見送ってから気づいた。
俺はこのままだと何もできないということに。
家の物を勝手に触るのは気が引けるし、
村の中を見て回ろうにも言葉が分からない。
ロニアの助けはおそらく必要だろう。
しまった、何も考えてなかった……
うーん、まぁ待ってれば、帰ってくるか。
と、開き直り、部屋でのんびり過ごすことに決めた。
…………。
な、ながい……。
ゆっくり過ごすと決めたものの、何もすることがない。
何もしないのと、何もないのではこれほど違うのか。
おそらく、まだほとんど時間は経っていない。
太陽の位置も慣れてない俺が見てわかるくらい、同じ位置で輝いてる。
暇だ、暇すぎる……
こっちの世界に来る前なら、
スマホでなろうのサイトでも巡回してたんだろうけど……
何をしていいかわからない。
仕方なくぼーっと窓から外を眺める。
かごを片手に出かける人、箱を運ぶ人、
斧を片手に、坂を下りていく人などなど。
村の人たちが行き交うのが見える。
囚われのお姫様ってこんな感じなのかもな。
なんて他愛もないことを考えてると、
奥の方に何かが見えた。
あれは……畑か?
ロニアの家の窓から坂の下が見えるらしい。
下の方には畑らしきものがあり、農作業をしてる人がちらほらいる。
そういえば、坂の下の方は見てなかったな。
ロニアはすぐに帰ってくるみたいだけど……
まぁ、家の近くをちょっと見に行くくらいならいいか!
俺は腰の紐を締め直し、意気揚々と家を出た。
登り始めたばかりであろう太陽が、力強く輝いてる。
両手を広げ、全身で陽の光をこれでもかと受け止める。
暖かくて気持ちがいい。
息を軽く吐いてから、ゆっくりと吸い空気を堪能する。
空気が美味しい。
味なんかないのに美味しいって言うのはなんでだろうな。
澄んでいて、すっきり爽やか味だ。
そのまま両手を上に上げ、軽く伸びをする。
これぐらいなら、痛みも出ないようだ。
身体を少しほぐしていく。
ずっと休日のおじさんみたいなこともしてられないし、行きますか。
こんなことしてる間にロニアも帰ってきてしまうしな。
暖かな陽気に背中を押されるように、俺は坂を降り始めた。
朝の景色は昨日の夕方とは違い、賑やかだ。
作業着で降りていく人や、空の荷車を下へ運んでる人、道の端で楽しそうに話し込む人たち。
まるで村全体が起きたような活気がある。
のんびり歩いてると、
「おはよう」
と、声を掛けられた。
意識の外からの一言に頭が真っ白になった。
おは、よ、う?
俺の脳が処理落ちでフリーズしてると、声をかけてきた女性が不思議そうにこちらを見ていた。
おはよう……
ああ、挨拶か!
挨拶だと気付いた俺は、急いで挨拶を返した。
「お、おはよう!!」
ソプラノと言うにはあまりに雑な音が出た。
焦り過ぎて声が裏返ったらしい。
身体が熱を帯びていく。
思わず顔を手で覆い、俯く。
は、恥ずかしい!!
俺ってこんなに焦りやすかったっけ?
もう少し落ち着きがあるかと思ってたのに。
顔を覆った手の向こうから、怪訝そうな雰囲気が和らぎ、ふふっと笑い声が聞こえてくる。
ゆっくりと顔を上げると、女性と目が合った。
おっとりとして、柔らかな雰囲気の女性が手を口に当てて笑っている。
俺に気付いたみたいで、口にあてていた手を外し、
「おはよう」
と、微笑みながら改めて挨拶してくれた。
どうやら無かったことにしてくれるらしい。
俺も改めて、
「おはよう」
と、返す。
よし、きちんと言えた。
女性はそれに満足した様子で、手を振りながら坂を登って行った。
その後も歩いていると、声を掛けられ続けた。
「おはよう!」「おはよう」「おはよう!!」
俺も「おはよう」と返していく。
知らない言葉で返すのは緊張するけど、あれからはミスせずに返せてる。
少しずつ慣れてきた気もするな。
歩いてて気付いたが、みんな当たり前のように挨拶をしてくる。
そうしてるうちにあることに気付いた。
挨拶って大切なんだな。
今までなんとなくやってきたけど、
本当はこういうことだったのかもしれない。
村の人たちに挨拶をしながら坂を下りていく。
「おはよう」「おはよう」「おはよう!」「おはよう!!」
挨拶にも慣れてきた。
箱を抱え、坂を上っていく人と目が合う。
「おはよう!」
俺は元気よく挨拶をする。
箱を抱えてた人が、目を丸くしてこっち見た。
が、俺だと認識した瞬間――
「リスケ!おはよう!!――、――?――、――!」
異文化の雪崩が襲ってきた。
な、なにを言ってるかわからない。
あまりにも速すぎる。
俺は混乱に陥りつつも、相手の顔だけはしっかりと見る。
あ……
昨日の露店っぽいおっちゃんだ。
最初に俺に野菜をくれた、すごい口数のおっちゃん。
「――、――?――!――、――!」
な、何を言ってるのかさっぱりわからない。
そんな俺の様子を意に介さず、おっちゃんはガンガン話しかけてくる。
あまりの口数に、目が回ってきた。
おっちゃんが諦めてくれるまで、俺にはどうすることもできない。
一言断って、動こうにもなんて言えばいいんだ……
「――、――!――!――、――!!わっはははははは」
なんだかわからないが、盛り上がってきた。
気分がよさそうに、笑ってる。
俺の返答はあってもなくても構わないらしい。
「あっはははははは……」
俺も愛想笑いで合わせておく。
嵐が過ぎ去るまで待つしかないのか……
俺が覚悟を決め、サラリーマンモードに入ろうとした時――
「リスケ!!」
坂の上の方からバカでかい声が聞こえてきた。
この声のデカさは間違いない。
視線を声の方に送ると、
ジェルグとシェイラが手を振っていた。
「ジェルグ!シェイラ!」
俺も手を大きく振り返す。
助かった!!
渡りに船ってこのことだな。
「ジェルグ、シェイラ」
おっちゃんも二人に挨拶してるらしい。
「――、――?」
ジェルグがおっちゃんに何かを聞いている。
おっちゃんが、何かに気付いたように顔をさっと上げた。
抱えていた箱を見て、ポリポリと後頭部を掻いてる。
「――、――!」
まだ何か言いたそうに俺の方を見るが、片手をサッと謝るように上げて、
慌ただしく走って行った。
と思ったら、数歩行った先で、
「リスケ!――!」
叫んでから、今度こそ本当に走って行った。
なんだろ、用事でも思い出したのか?
ほんとに嵐みたいな人だったな……
「リスケ」
呼ばれた方を向くと、シェイラがひらひらと手を振りながら寄ってきている。
俺もシェイラに手を振り返す。
「おはよう、シェイラ」
「ああ、おはよう、リスケ」
近くに来たシェイラを見ると、昨日とは何か雰囲気が違う。
何が違うんだろう。
ジロジロ見過ぎないよう観察してると、あることに気付いた。
そうか、服装と装備が違うんだ。
昨日は鍛冶をしてたのもあって、かなりの薄着だったが、
今日はしっかりと装備を着込んでいる。
厚手の革鎧をベースに、胸や肩は鉄板なんかで補強されている。
腕には革の腕当て、背中には弓と矢筒、腰にはナイフといくつかの袋が下げられていて、これぞ狩人という雰囲気がある。
「おう、リスケ!」
遅れてジェルグが降りてくる。
片手をあげて歩いてくるのを見てると地響きが聞こえてきそうだ。
ジェルグも昨日見た時と違い、鎧を着ている。
そのせいでよりいかつく見える。
俺はジェルグの装備をざっと観察する。
シェイラと似たような装備だが、全てがデカい。
ナイフなんか、もはやこれマチェットだよな?
こうやって二人が狩人の装備を着けてるのをみると、妙に様になっている。
装備に着られてるのではなく、きちんと着こなしている。
昨日のとっつきやすい雰囲気なんか、見る影もない。
おお、すごいな。
思わず拍手したくなる。
その道のプロって、こんな感じなのか。
立ってるだけなのに、思わず尊敬したくなるようなオーラを感じる。
「――、リスケ?」
俺が感心してると、ジェルグが奇妙そうな顔で見てくる。
「ああ、いや、なんでもない」
俺は気を取り直し、
「おはよう、ジェルグ」
と、挨拶する。
「おう!おはよう!リスケ!」
いつもながら豪快だ。
でも、朝からでも豪快でよかった。
朝に低血圧でしんなりしてるジェルグなんか、見たくないもんな。
おっと、そうだそうだ。
「ありがとう、ジェルグ」
俺の言葉にジェルグが不思議そうにしてる。
俺は手を口の前でグッパーと、閉じたり開いたりして、
腕を交差させてバツ印を作る。
そしてそのまま、自分とおっちゃんが走ってった方を指さす。
するとジェルグが、手のひらを拳で打ち、納得したという顔をした。
合点ポーズだ……この世界でも使うんだな……
「がっはははははは、――!――!」
と大きく手を振っている。
気にするなってことかな。
「――、リスケ、――?」
ジェルグは俺の身体を指さし、肩をぐるっと回した。
身体の具合か。
「ああ」
と、肯定の返事と頷きで伝える。
ジェルグが、ニッっと笑う。
「――、行くか?」
何も持たずに手で弓を構えて射る動作をしながら聞いてくる。
狩りに誘われてるのかな?
ロニアにも悪いし、さすがにこの身体じゃ無理だな。
「いや」
俺は否定の言葉と一緒に首を横に振り伝える。
「――、――」
シェイラがやれやれといった表情で、ジェルグに何かを伝えてる。
「そうか」
ジェルグが少し残念そうに肩を落とす。
シェイラが何かに気付いたようで、
「リスケ、ロニア、――?」
ロニアがどうしたんだ??
俺の考え込むような仕草を見たシェイラが、
視線を宙に少し迷わせ、改めて俺を指さし、一本だけ指を立てた。
ロニアはいないのか、俺一人なのかってことか。
「ああ」
さっきの言葉を真似て、
「ロニア、いない」
と答えた。
すると、ジェルグとシェイラが目を見開き、お互いの顔を見合わせた。
ふたりの顔が急に青ざめていく。
「リスケ、帰れ!!」
「リスケ、帰りなさい!!」
ふたりしてものすごい勢いで家の方を指さしてくる。
なんだ、なんだ、どうしたんだ。
緊急事態か??
俺が飲み込めないでいると、ジェルグが
「ロニア!」
と名前を呼びながら、鬼のような表情をする。
シェイラが、
「ロニア!」
と言いながら、両手の指を頭の上に立て、角を生やしたようなポーズを取る。
ロニアが怒るってことか?
いやいや、大丈夫でしょ。
「あっははははははは」
ふたりの必死さに笑ってしまった。
ないない、と手を振り否定する。
ちょっと見たらすぐに帰るし、
仮にロニアが先に帰っててもそんなに怒られないだろ。
そんな俺の態度を見て、シェイラは頭を押さえるようなポーズを取り、
ジェルグは両手で頭を抱えてしまった。
ふたりとも大げさだな。
言っても無駄だと思ったのか二人同時にため息をついた。
シェイラが空を見上げ、日の位置を確認し、再度ため息をつく。
「ジェルグ、――、――」
シェイラに何かを言われ、ジェルグも頭を押さえ、ため息をついた。
俺が呆気にとられて眺めていると、
ふたりが俺の肩をぽんぽんと叩いた。
ふたりの表情は深刻で、まるでこれでお別れと言わんばかりの顔をしてる。
死地にでも行くのか??
名残り惜しそうに肩から手を離すと、
そのまま、坂を歩いて下りて行ってしまった。
ジェルグが最後の警告といわんばかりに振り返り、
「リスケ!帰れよ!!」
と、叫び坂を下って行く。
俺は慌ただしい二人の背中をのんびりと見送った。




