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砂槍の用心棒  作者: 蓋
序章~主無き用心棒
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3.ドルフィンキラー~後編

乾ききった砂漠を染める沈みかけた赤色の中に黒い影が二つあった。

グリアスとゼムレクト、二人の瞳は覚悟の色で燃えていた。

しかしそこには殺気をむき出しにしたような血走った雰囲気はなく、互いに互いへの敬意を感じさせるようなかしこまった静かな空間が広がっていたのだ。


「もう一度、名前を聞かせてくれないか?」


「ゼムレクト・ノルヴィスだ。」


「ゼムレクト……か…。しかと心に刻ませてもらう。」


「では始めようか」


ゼムレクトと名乗った男はそう言うと、左手で柄を強く握って剣を抜いた。

それを見たグリアスも砂に突き立てていた己の太く大ぶりの剣を右手で引き抜き、目の前に構えるのだった。

二つの刃を挟んで二人の目が合う。

この瞬間グリアスは懐かしさを感じていた。

かつて戦士だったころの、本来の自分自身の生きざまが脳内によみがえってくる感覚は悪いものではない。

長らく忘れていた戦いの緊張。

命を奪い合うことの恐ろしさ。

だからこそ相手には最大の敬意を払って、最大の名誉をかけて…殺す。



…ザザザ…



先に踏み込んだのはゼムレクトだった。

鋭く素早い下方からの斬撃がグリアスの胴体めがけて放たれる。


ガンッ…!


太い刃を生かし盾のように構えられたグリアスの剣が鈍い音を立てて震える。

小手調べのようなゼムレクトの一撃はそれでもなかなかの重みをもっていた。

しかし、それ以上にグリアスの受けの姿勢は重たく、それは不動と呼ぶにふさわしかった。


「貴殿の剣、相当に重いな。」


「あいにく……俺には重くないんだよ。」


剣そのものの重み…、確かに下方から斬撃を放てばそれを真っ向から受けることになるだろう。

しかしそれ以上に、このグリアスという男そのもの実力をゼムレクトは感じ取っていた。

それは一種の恐怖とも呼べるような鼓動の高鳴りと、ゾクゾクと湧き上がるような体の震えを彼にもたらす。

だがそれは、強大な相手への絶望や諦めなどとは違う。

自分の相手が強大であるがために抱く戦士の敬意だった。


刃を交えたまま短くかわされた言葉の後、グリアスは触れ合う刃と刃の間に隙間を作るように素早く一瞬体を引き、豪快にその刃を横に振り払う。

その一撃を剣で受けたゼムレクトはたまらず体制を崩し後方へ吹き飛ばされるように引いた。


「クッ…」


ゼムレクトは一命をとりとめた思いだった。

彼自身、自分の腕をおごっていたわけではなかったが、まさか一度剣を交えただけでこうも自分に実力の差を痛感させる相手がいることに驚愕した。

そしてグリアスは堅牢な巨塔のようにたたずんだまま、突き刺すような視線を相手に向けて言うのだった。


「……その程度か?」


ゼムレクトはもう一度覚悟を込めて、緩んだ手元の剣を再び力強く握りなおす。

グリアスのような大振りで分厚く重い剣をふるうのは通常ならかなりの力を要するだろうし、それ故に小回りや素早く振り回したりするのには向かない。

しかしこうも軽々とあの剣を振り回されたのでは、グリアスにおいてそのような認識が役に立つのかは怪しい。


「さすがに、『迅雷』と呼ばれただけの事はある……ということか。」


「その様子だと、あまり詳しく俺について聞かされたわけではないらしいな。」


ゼムレクトは再びグリアスに向かって踏み込む。

正面切ってぶつかり合っても勝つことはできないことはわかっている。

ならばと、今度は先ほどよりも低い位置から力を抑えて斬撃を放つ。

その切っ先はわずかに砂をこすり舞い上げそれは同様の構えで待つグリアスの顔めがけて飛んでゆくのだった。


ガンッ!


刃と刃が交わる金属音。

グリアスはその一瞬だけ目を瞑ってしまう。

そのすきにゼムレクトはそのまま次の斬撃を入れようとグリアスの右方向へ身をかわす一歩を踏み出したが、それは砂を踏みしめる前に妨害されるのだった。

グリアスは剣を盾のように横向きに構えたまま、そして刃と刃が交わったまま離れないうちに前方に向かってゼムレクトを押し出すように突進を始めたのである。

純粋な力比べでグリアスに勝ち目のないゼムレクトにこれを抑えることはかなわない。

必死に耐えようとするもそのまま足をずるように押されていく。

先ほどよりもずっと近づいたグリアスの顔ににやりと笑みが浮かんでいた。

そしてそのままゼムレクトは突き飛ばされたが、何とか体制を整え次の一撃に備える。

しかしグリアスに追撃の様子はなかった。

彼はじっと剣を構えたままやはり彼を縛り付けるような視線で見つめているのだ。


「砂塵を巻き上げて相手の目をくらませるのは確かに有効な戦法かもしれないが、俺たちジェフリアの戦士にとっちゃあそんなの見飽きたって程ありふれたもんだ。

そんなことに対処できないようじゃ、この砂漠ではやっていけない。」



「………」


もうゼムレクトに会話する余裕はなかった。

どうすれば確実な一撃を与えられるのか…

いや、このまま命潰えるのなら本望だったかもしれない。

今の彼にはそれすら許されていなかったのだ。


しかし当のグリアスにはこの時、戦いに勝つ気もましてや負ける気もなかった。

決闘は受けたものの今更誰かを本気で殺めようなんてとても思えなかったのだ。

それに、歴然とした二人の実力差では勝負にならないということはお互いが理解していた。


必死の表情の彼をよそ眼にグリアスは口を開く。


「なぁ、今日のところはやめにしないか?

もうじき日が沈んでここら一帯は真っ暗になる。

そうなれば戦ってなんていられない。

それに俺の酒場では客が待ってる頃なんだ。」


「……」


しかしゼムレクトは答えなかった。

無言のまま再び攻撃の態勢に入り、グリアスは受けの姿勢を取る。

そんなことを繰り返しているうちにゼムレクトの一撃一撃は少しずつ力を失っていった。


刃の交わり合う音がむなしく空に消えてゆく。


「今はあきらめろ。

自分でも俺に勝てないのはわかっているんだろう?

ならばいつかまた、強くなって俺を訪ねてこい。

ジェフリア戦士の決闘は人生すべてが舞台だ。

引くことも強さ、見逃すことも強さ。

負けないことを考えて行動しろ。」


そして再び刃が交わる。

鈍い音と乱れた息遣い、そして日が沈んだ。

あたりはいつの間にか少しづつ暗く冷たくなりグリアスは感づいた。

もしやこの暗闇がゼムレクトの狙いだったのではないかと。

お互いに視界の悪い暗闇の中で戦うのであれば問題はさほどなかったが、ゼムレクトが暗闇の中で自由に視界を確保するすべを持っていたとしたら…


ならば時間はかけていられない。

まだ太陽の余韻が、少しの光が残っているうちに肩をつけなければならない。


小さな隙となって現れたグリアスの焦りをゼムレクトは見逃さなかった。

彼は弾くように剣を動かし身をかわして切り抜けるようにグリアスの背後を取ると、温存してきた力を振り絞って剣を振る。


「確かに、今の私には貴殿を屠る術がない。

だが、ここで私が引けば、次の機会はないのだ!」



ビュンッ……



ゼムレクトはここにきて勝利を確信していた。

そして勝ち目の薄い戦いから解放されるのだという安堵の思いもあった。

しかし、すさまじい速度で風を切り裂いたその音は、グリアスの振るう大きな剣がありえないほどの速度で自分に向かってくる音だったのだ。


ゼムレクトは必死に剣で受けたが、彼の剣は甲高い音を立てて震えながら彼の背後へ飛んで行ってしまった。


「勝負あったな…

おとなしく引いておけばいいものを…」


グリアスは低い声でそうつぶやくと放心状態のゼムレクトに向かって再び剣を構える。

そして大きくそれを頭上へ振り上げ……


「ぐはっ……」


グリアスは倒れこんだ。

彼の背中を一本の矢が射止めていた。


「ジェフリアの迅雷…まさかこれほどとは…

しかし、これで…やっと…」


どっと疲れが襲ってきたゼムレクトもその場に膝をついてしまうのであった。




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