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砂槍の用心棒  作者: 蓋
序章~主無き用心棒
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3.ドルフィンキラー~中編


日没にはほんの少し早い朱色の空を、白いシャツのグリアスは、窓の外に眺めていた。


客が入る前の酒場は非常に静かなもので、特にこの時間帯、間もなくわんさかとやってくる仕事帰りの鉱夫を待つ時間帯は寂しげなものだった。

だが、何かと忙しなかった最近のことを考えると、こういう時間がもたらす無思考の安らぎが本当に身に染みてくる。



そんな安らぎの時を惜しみ無く過ごしていたグリアスだったが、昨日まで必死に探していた王親様、もとい「爺さん」のことを忘れたわけではなかった。

実を言うとはっきりとあきらめがついたわけでもなかった。

だが、彼の中には考えがあって思いがあった。

握られた手の中には刃の太い大ぶりの剣あった。

じっとりとした瞳はそれを虚ろにとらえながら、かつて戦士だったころの記憶を見ていた。







ギギィ………

扉が開き、隔てられていた空気同士がぶつかり交じり合う。


「貴殿がグリアス殿か?」


グリアスは剣を置くこともなく無言のまま、見慣れないその男へ視線を合わせた。

全身を覆うようなややみすぼらしい使い古された外套に、ひっさげた立派な剣。

全体の雰囲気としては少し違和感があった。

加えて見知った顔でも酒場を訪ねてやってきた様子でもないこの男には、油断してはいけない緊張感のようなものがある。

それは立ち方やその人の持つ戦士としての気品や美しさを持った空気感に起因するものだとグリアスは理解した。


「ああ、俺がこの酒場の店主グリアスだが……、

あんたは酒場の客じゃないな?」



「…貴殿の客、とでも言っておこう。」



「……なるほど?」



男はゆっくりグリアスの前にやってくると、安い酒を一杯、頼んだ。


グリアスは目の前の決して大きくはない杯に、ゆっくりと酒を注いだ。

相手の様子をうかがいながらゆっくりと。

それでもやはり杯が満ちるのに時間はかからない。

いつの間にか溢れんばかりの酒がそこには注がれていた。


膨れ上がって制止する酒の表面には、互いの真剣な表情がゆがんで浮かび上がっていた。



「これはサービスかな?」



「ああ、俺の客……なんだろ?」



「そうか………ではいただこう。」


男はゆっくりと注がれた酒を、一度に飲み干した。


ジェフリア戦士には伝統として、決闘の前に互いの用意した酒を交換して飲み干すという習慣があったが、その男が杯で酒を飲み干す様は、まさに決闘前の戦士の血走った意気込みを感じさせる。

そして酒を飲み干した男はこう言った。


「わかっているな?次は貴殿の番だ。」


グリアスはどことなく、この空気感や相手の風貌から、感づいてはいたのだが、それはこの瞬間確信へと変わった。



「フッ、そうかい。

今度は俺が飲めばいいのか?

あんたの酒を。」



「ああ………。

……私は各地のいろいろな酒を飲むのが好きでな。

貴殿の酒はなかな良いものだった。

まさに戦士だった頃の貴殿を味わうようだった。」



「戦士ねぇ……

あんた、将軍の飼い犬か?」



「明かすことはできない」



「そらそうだな。

…でもなんだってこんなまわりくどい」


男のしていることは明らかにジェフリア戦士同士の決闘を意識したものだ。

将軍が都合の悪い俺の存在を消すためにこいつを差し向けたとしたら、どうしてこいつは正々堂々と戦おうとなんてしているのか。

殺しが目的なのなら不意を突いてしまえばいいものを…


「美学、とでも言っておこうか…

どうしても不意を衝くということには慣れなくてな」


「よく言う。

どうせ金で雇われた殺し屋なんだろ?

ガルンドがこの場所を知っていた時点で将軍が動いていることは想像がつく。」


「ガルンド?

フッ、サソリのことだな。

奴はどこまで行ってもやはり裏切り者だったのさ。」



そう言いながら男は、自分が飲み干したのと同じ杯に、海外の物という酒を注ぐ。

グリアスの鼻を未知なる異国の香りが刺激して少しクラっとなった。

だがそれがこの酒の独特な臭いによるものか、やや濃度の高いこの状況による物なのかということは正直わからない。

ただ、その酒をグリアスが受け取って飲み干せば、それは決闘受諾の合図となりどちらかの命が潰えるまでそれが続くのだろう。



「確かに、知らない臭いだ……。

………ジェフリア戦士の作法をいったい誰から?」



「まだ詮索するか?

いささか無粋ではないかな?」



「そうかい。

…もし俺がこの酒を飲まなかったら?」



「貴殿にそれができるのかな?

落ちぶれたとはいえその内に眠るのは血を求める戦士の魂ではないのか。

私には貴殿が誇りと名誉を失ったようには思えないが…」



「…あぁ、そうだな…

確かにお前の言う通りかもしれない。

今も俺はこうして言葉を交わしながらいつの間にか、お前との闘いを想像してしまっている。

相手が戦士ではなく、薄汚い殺し屋なのにもかかわらずな。


その外套、返り血の処理を考えての物なのだろう?

お前が戦士として俺と戦うのならその外套は不作法だ。

ジェフリア戦士にとって血は名誉。

それが強い戦士のものなのならなおさらな。」



「ならばこの外套は外すとしよう。」


男が外套を外すと、現れたのは異国の軍服だった。

正しくは亡国の…。

着古されてはいたものの、その見た目の優雅さは健在であり、グリアスにはこの相手がただの殺し屋だとは思えなくなってきていた。


「その服、見覚えがある気がする。

どこの国だったか忘れたが…なるほど

すこし納得がいったような気がする。」


「消えてなくなったはずの祖国をまだ夢に見る貴殿と同じなのさ。」


それを聞いたグリアスは手に持っていた杯の酒を一気に飲み干す。

味わったことのないそれはやはり刺激的で、目が覚めるような思いだ。


「ジェフリア戦士、迅雷のグリアス。

その決闘、受けて立つ。」


「名乗りが遅れたな…

我が名はゼムレクト。

今は使命を帯びた一人の戦士として、貴殿と戦わせてもらおう。」

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