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砂槍の用心棒  作者: 蓋
1章~砂と水
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10.魔女

いつの間にか登り切っていた日の光を一羽の黒い影が遮った。

しかし窓から急激な傾斜で注がれる光の一瞬の点滅に気が付くものなどいなかった。



「懐深きわが主人よ、私に応えられることでしたら何なりとお答えいたします。」


バヒム、メリエラ、ネイクル、そしてサラ。

4人の注目はこのカラスの喋りとその豹変したような態度にくぎ付けだった。

特にサラは目を丸くしてこのカラスの次のアクションを待っていたが、カラスはメリエラに跪くような姿勢をピタリと崩さず、主人の言葉をただじっと待つのであった。

この態度の変貌ぶりにメリエラは少しあっけにとられたような気分で、カラスが自分の言葉を待っていることなど想像もついてはいなかった。


だから一拍の間をおいて真っ先に口を開いたのはネイクルだった。


「カラスくん、君はメリエラに使役されたということでいいのかな?」


「たった今、目の前で見た通りでございます。

何より、こうして私は跪いているのですからあえて説明する必要もありますまい。」


「ならばメリエラ、気を取り直してグリアスについて問いただすとしよう…」


とネイクルがここまで言ったところで、好奇心に駆られたサラは興味深そうに関心の唸りを上げながらカラスの周囲や破られ燃え尽きた紙等を間近で観察し始めた。

もちろんその視線はカラス自身にも向けられ、その過程でかなり接近したりもしていたが、カラスはメリエラに頭を垂れた姿勢を崩さずに、変わらない様子で言った。


「ご主人様、いえ…メリエラ様とお呼びしたほうが良いですかね?いずれにしても私がなぜここにやってきたのかをまずはお話ししたほうがいいように思いますがいかがでしょう?」


「ええ、と…そうかもしれないけどその前に一つ聞かせて…

グリアスさんはどうなってしまったの?」


メリエラの言葉にはさすがのサラもピタリと動きを止めて、その場にいる全員がカラスの答えを息をのんで見守る。

しかし、これに対するカラスの答えはというと…


「わかりません。私はそのグリアスという男がどうなったかは見ていません。ただ予定通りにその男に扮してここにやって来たまでです。」


「予定通り?」


「それも含めて私の知る限りをお話ししましょう。

私は元の主から、そのグリアスという男に化けてこの酒場に潜入し、待ち伏せして同人(どうにん)を殺すことを命令されました。」


サラは自分の胸がドクンと一度、苦しいほど大きく脈打ったような感覚がした。

このカラスは自分の父親を殺すように命令されていた…

やはり誰かが父の命を狙っている…

なのに私…

さっきまで何も疑問を抱くことなく行ってきた自分の振る舞い、一挙手一投足がやがて能天気で不快なものに思えてくる。

気持ち、悪い…。


何よりも自分が…

ほんの直前までの自分が信じられないような…

とてつもなく恥ずかしく、忌々しく、いたたまれない感覚。


メリエラはそんな彼女の様子が気になってちらりと目線をそらしたりしたが、カラスは青ざめていくような、またはやや赤らんでいくようなサラの顔色など気にせずにメリエラを見据え、淡々と続けるのだった。


「変身の魔法を使いますから、その時に元の主の魔法を通して彼を見ました。

彼の人となりや、前日までのある程度の動向や周りの者との関係性は一通り聞かされていましたから、直接、彼と話したり接触したわけではありません。

ですが何やら治療を受けている様子でしたから、元の主はやがて彼が酒場に戻ると踏んだのでしょう。

しかし丸々三日も帰っていないことを考えるとどこかで命尽きたか、もしくは治療をした男と一緒にいる可能性が高いでしょう。

いや、元の主がすでに探し出している可能性のほうが高いかもしれません。

私以外にも、様々な場所にほかの者を送り込んでいる様子でしたから、その網に引っかかっていればすでに……」


「待て、カラスくん。

君がグリアスの人となりを聞いたのは、きみの元の主というやつからかな?」


「いえ、別の人間からでした。

非常に背の高い男でしたよ。

性格や何から知る限りを一切とまではいかないでしょうが一通り…

とはいえ結局、あなたには見抜かれてしまっていたようですから、どこか足りないところがあったのでしょうね。

誕生祝いの話なんかこれっぽっちもなかったわけですから…」


「背の高い………か。

名前とかは聞いてないのかな?」


カラスはくちばしを横に振ってこたえます。


「場所の心当たりは?」


「さぁ…岩と岩の隙間と言いましょうか、半ば洞窟のような場所だったかと…」


それを聞くとネイクルがバヒムの方へ顔を向けた。

バヒムもネイクルと目線を合わせ頷く。


「きっと北の鉱山だ。あそこなら話が早い。急いで向かおう。」


バヒムは早速自分の荷物を取りに急いで部屋に戻ってゆく。

そこでネイクルはメリエラに対して補足するように言った。


「ここら一帯は砂漠だから、そんな場所があるのはここから北に行った鉱山にほとんど限られる。それにグリアスの逃げ先としてもつじつまが合うんだ。グリアスを助ける人間はあそこなら大量にいるからな。」


「なるほど鉱山ですか…

でも、だとしたらグリアスさんはいつからそこに…」


「一度、時系列を整理するか…

お前がバヒムと初めて会ったのが7日前だな?

バヒムが王都に向かったのがその前日、俺が書き置きを見つけたのがその数日後だ。」


「待ってください、バヒムさんは1日でここから王都まで行ったんですか!?」


「ん?あぁ…まぁなんていうか近道があるんだよ。

王都に通じる近道がな…それこそ洞窟…みたいな…」


ここでネイクルは考え込むような仕草を一瞬見せて、すぐに続けた。


「メリエラ、お前はバヒムと鉱山の方を調べに行ってくれないか?

サラ、お前は俺とその『近道』の方を探してみよう。」


顔色の悪いサラは無言で頷く。

しかしここでカラスが嘴を挟むのだった。


「我が主よ。進言させて頂きますが、我々もその『近道』の方に同行するのが良いかと…」


この言葉に対しメリエラは戸惑いつつも理由をカラスに尋ねようとしたが、無理やりネイクルが前に出て言葉を遮った。


「カラスくん、それはいい案かもしれないな。

では私とサラで鉱山を、君たちとバヒムで『近道』に行ってもらうとしようかな。」


カラスはじっとネイクルを見つめたまま黙ってしまう。

ネイクルはそのまま庇うようにメリエラとサラの前に立ち、ゆっくりと二人に後退を促すように目配せする。

サラは何がなんだかわからないまま後ろのバヒムが向かった部屋の方へ後退し、メリエラはそんなネイクルにゆっくりと口を開いた。


「何ですか急に?」


「メリエラ…さっきの使役、多分上手くいってないぞ。」


「え?」


メリエラが驚いたようにカラスを見ると、突然カラスは含み笑いを見せて、みるみるうちに姿を変え、遂には若い魔女の姿となった。

彼女は落ち着き払った様子で空いている席の一つに座ると、感心した様子でネイクルに尋ねた。


「いつから気がついてた?」


「強いて言うなら違和感を覚えたのは最初にきみを見たときだな。」


「なかなかやるねあんた…ただの魔道士とは思えない。

それこそ教団の連中みたいに疑り深くて慎重で…自分から仕掛けることは滅多に無い。なのにすっごく邪魔。

でも嘘はお互い様なようだね?その分厚く塗り固められた顔に書いてある。あんたも目的はあたしと同じだってね。

サラちゃん、この男には十分気をつけるようにね。

あとはメリエラちゃん、あなたは相手を信用しすぎないようにね。例えばこの男とか、フフフ…」


魔女はそう言い残すと即座に魔法を詠唱し、霧に紛れるように姿を消してしまった。


「どういうことだ?」


3人の後ろからそのように言い放ったのは万全に支度を済ませてきたバヒムであった。


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