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砂槍の用心棒  作者: 蓋
1章~砂と水
23/25

9.5 残ったもの


「ねぇ…そういえばさぁ…」


朝食の最中、死の砂漠に関するバヒムの恐怖体験談を遮って、サラが口をはさむ。

やはり触れないわけにはいかない重要なことに、誰もが感づいていた。


「私のお父さんって…どこ行ったの?

最後の記憶は私あやふやなんだけどさ、私もしばらくずっと眠っていたらしいし、起きたと思ったら急に成長してるし、正直もうこれだけでおなかいっぱいなんだけどこれだけは気になったんだ。」


「グリアスは…」


ネイクルは答えたかったが、それをするにはあまりに情報がなかった。

グリアスはいつ消えて、どこに行ってしまったのか。

もしかすれば最悪の場合……いや、あのグリアスに限ってそんなことはないだろう…

何にせよ、彼の行方を探る手掛かりが必要であることに変わりはない。

サラ以外の三人には一つ、いや一羽だけ思い当たる希望があった。


「グリアスに何があったかは、昨日捕まえたカラスに聞いてみるしかないな。

お前しゃべれるんだろ?グリアスをどこにやったんだ?」


そう言うとバヒムはカラスをつまみ上げ、起こすようにつつきまわす。

するとカラスは不快だったのかもぞもぞと体をよじってもがき始める。


「カー!カー!カー!」


その鳴き声のうるささに一同は思わず耳をふさぐ。

しかし、バヒムが耳を両方ふさぐには片手がカラスでふさがってしまっていたため、手っ取り早くクチバシの方をいったん押さえることにした。


「昨日捕まえたって…いったい昨日何があったの?」


「昨日…というか、おそらく数日前からこのカラスがグリアスに化けてグリアスと入れ替わっていたんだ。

三日…じゃなくて夜が明けたから四日前か。

こんなものを見つけたんだ。」


ネイクルは懐から小さな紙きれを取り出し、3人の囲むテーブルの上にそっとそれを置いた。

『ネイクル 娘を頼んだ』

見慣れた筆跡だった。

間違いないとまではいかないが、バヒムにはそれが確かにグリアスによって書かれたものに感じられた。

しかし当の娘であるサラにピンときた様子はなかった。

二人の反応を見比べてからネイクルが続ける。


「ここでメモを見つけてすぐに、グリアスに化けたこのカラスが店に帰ってきたんだ。

色々な話がかみ合わなかったことから俺はグリアスの異変に気が付いたんだが……

正直このメモがなかったらもっと気づくのが遅れていただろう。

ちなみにサラ、お前が眠っていたのはもっと前からだ。

それは15日前…ええと…」


ここでネイクルはバヒムの顔色をちらりと窺う。

15日前と聞いてバヒムに思い浮かぶ事柄は一つしかない。


「爺さんがいなくなった日か…」


しかしそれでは…

サラは灼熱の吹雪の中、止した状態で爺さんのローブにくるまれていたとでもいうのだろうか。

確かにグリアスが一目散に部屋に連れて行ってしまったから詳しく容態を確認することはなかった気がするが…


考え込むようなバヒムの顔を見かねたネイクルが、少し申し訳なさそうで少し優しい表情を作ると一つ拍子を置いて言う。


「すまないなバヒム、お前には黙ってたんだ。

ただでさえイシュルムさんを失って意気消沈していたお前にこれ以上複雑な思いはさせたくないとのグリアスの提案でな。」


「待ってネイクル、イシュルムさんってあのバヒムといつも一緒にいたおじいさん?」


サラは首を横に倒して思い出そうとするようなしぐさを見せる。

これにはさすがにバヒムから、自分自身のおじいさんでもあるとのツッコミが飛んだが、やはり彼女にピンと来ている様子はない。

年端のゆかない子供の認識というのは案外そういうものだったのかもしれないが、この反応はメリエラには急激に肉体の年齢が上がったことで記憶に混乱が生じているような気がしてならなかった。

言い換えれば、やはり彼女を治す手段をもっと考えてから行動に移すべきだったと再度反省していた。

人知れずメリエラが肩をすくめると、ここまでの会話の間に緩んでいたバヒムの手元からくちばしの自由を取り戻したカラスが再び不愉快な鳴き声を出し始める。

不意を突かれたこともあってバヒムは耳から若干のダメージを受けてしまうが、またすぐにくちばしを押さえつけひとまず言葉を交わせる空間を守るのだった。


「と、とりあえずとっととこいつを尋問しよう。じゃなきゃ俺の耳が持たない。」


「そ、そうだねバヒム」


しかし一口に尋問とは言っても、このカラスがどうすれば鳴き声以外の声を出すのかは皆目見当がつかなかった。

メリエラによれば、この魔女カラスという魔物は一般的に知能が高く会話をすることも可能であるらしいし、実際グリアスに化けていたときは普通に会話ができていたことを考えると、わざとうるさく鳴いているようにしか思えない。



「一応言っておくが、効果的にカラスの口を割らせる手段など俺は知らないのだが、この中に誰か知ってる者は?」


ネイクルが目の前の三人に向かってそう聞くが、反応はやはり予想通りであった。

当然誰もそんな限定的な知識など持ち合わせてはいない。

ネイクルが淡く期待を寄せていたメリエラもただ首を横に振るだけだ。


どうしたものか…

こうなればやはり…


「拷問しかないか…」





そこからの三人の行動は早かった。

思いつく限りの責め苦を再現できそうな道具を酒場中からかき集め、一つ二つ三つ…と次々にカラスとそれを抱えるバヒムの前に並べてゆくのだった。

調理用のナイフや水を張った大きな鍋、カラスがぴったり入ってしまいそうな布袋に縄、ノコギリに大ぶりな斧、果ては死砂の槍エルセゲナまで…

カラスを押さえて眺めるばかりだったバヒムには少しだけカラスに情が沸いてくるような感覚さえした。

今では黒かったはずのカラスの顔も心なしか青ざめて見える。


「も、もう十分じゃないか?」


バヒムがそう口に出した時には既に酒場中からあらん限りの様々な器具がずらりと用意されていた。

さすがに集めてきたこれらを全部使うわけにはいかない。

何が一番効果的だろうか……


一つ一つ右から左へと順番に見ていくと、バヒムには一つ気になるものがあった。

それは謎の粉の入った袋と何も書かれていない紙のセットだった。


「これは…誰が用意した?」


その問いかけに手を挙げたのはメリエラだ。


「これは昨日、そこに山になっていた粉です。

すこし調べたのですがこれは魔石の粉で、粉末化しているとわかりにくいのですが、おそらくは低濃度の透。

少々心もとないですが、ある程度簡単な魔法なら紙の上で再現できます。」


メリエラの言葉を聞いてネイクルが手のひらを打つ。


「なるほど!それなら直接口を割らせることもできるし、もっと言うと口を割らせる必要すらないというわけか。

しかしその粉、どこへ行ったかと思っていたがしっかりお前が回収していたかメリエラ。」


メリエラは少し誇らしげに口角を上げると、具体的な内容まで把握しきれていないバヒムとサラに対して改めて言葉を選ぶ。


「この粉と紙を使って決められた手順で文字を書けば誰でも魔法を行使できるんです。

といっても特殊な文字なのでわかる人はそうそういませんけどね。

でもうまくこれを使えば、相手に正直に何かをしゃべらせたり、直接記憶を覗いたり、それこそ魔物を使役することだってできちゃいます。

まぁうまく使えばの話ですが…

でもここには幸い、この手の技術の第一人者がいますからね。

私がうまくできなくても安心です。」


今度はネイクルの表情が誇らしげになる。

バヒムにはこれほど、この年のわりにあまりに幼げな見た目の男が頼もしく見えたことはなかった。

サラもこれには、おぉ!と感嘆を漏らし、肉体年齢ではなく実年齢相応に目を輝かせるのだった。

しかし、それに続く言葉はメリエラとネイクルを少し困らせた。


「じゃあそれを使ったら直接おとうさんの場所がわかったり、すぐに連れ戻したりできないの?」


「…すいません。さすがにそこまでは私には…」


「魔法技術が栄えていた大昔の時代だったらそういうこともできたのかもしれないなぁ。

だが今日(こんにち)の魔道じゃ解明されてないことのほうが多いんだ。

すまないな、サラ。」


「ふーん、そうなのかぁ。」


二人の回答にサラの声は少しだけトーンが下がった。

しかしそれでも、彼女は二人がこの紙と粉でどのように魔法を使うのか興味が尽きない様子で、様々な質問を投げかけるのであった。




サラの質問攻めとメリエラのかなり専門的な部分に踏み込んでいるであろう解説は、バヒムの関心を遠ざけるには十分だった。

二人の瞳が輝きを増すにつれてバヒムの耳は何も聞かなくなっていった。

彼が何気なく視線をそらした先のネイクルも目があえば柔らかない苦笑いを浮かべてバヒムに同意してくれた。


「メリエラ、講義の最中水を差すようで悪いがそろそろ実技に移るというのはどうだろう?」


「確かにそうですね。実際やってみるほうがわかりやすいと思いますから、少し見ていてくださいねサラさん。」



そう言うとメリエラは空いたテーブルの上に紙を広げ、興味津々なサラに近づきすぎないよう忠告すると、ネイクルと何やら相談を始めた。

実技と聞いてすこしだけ関心を取り戻したバヒムの耳にもその内容は断片的に届いていた。

型がどうとかどの魔法で行くかとか、再現性やら過去の実験やら…たぶんそんな感じの話だ。

ひとしきり二人の話が終わるとメリエラは、もはやカラス持ち係のバヒムをよそ眼にサラに向けて説明を始める。


「ネイクルさんと話し合いましたが、今回は文章型で行きます。

こんなふうに……文字を…書いて」


そう言いながらメリエラは次々と細い指先に付着させた粉で何回もなぞり直しながら、見慣れない文字で左から右、上から下へ文章を書いてゆく。

紙と粉のついた指のこすれる面から時折、微細な光がこぼれ、次第に粉が焼き付くように紙に張り付く。

この少し神秘的な雰囲気にはサラだけでなくバヒムでさえも息をのんだ。

やがて、そこまで小さくはない紙の半分くらいまで文章が進んだところでメリエラの指が止まる。


「ざっとこんな感じですかね」


どうやら書き終えたらしい。

袋にはまだまだ粉が残っており、もしうまくいかなくてもやり直しができるとわかっていたメリエラの仕事は落ち着いて素早く、手慣れた様子で行われていた。

そんな彼女の手際を見たネイクルはしみじみと頷いて彼女の成長を実感し、その感動の具合にしてはややそっけない程度に彼女を誉めるのであった。

メリエラは一瞬の笑顔をもってそれに答えると、すぐに真剣な顔に戻って今度はバヒムのほうにまっすぐ視線をやる。

バヒムは無言で顔を縦に一度振ると、テーブルの上にカラスを置いた。

この時まで気が付かなかったがいつの間にかカラスは打って変わって静かになっており、それはこれから自分の身に何が起こるのかをよく理解しているようにもメリエラの目には映っていた。


「まず最初は使役の魔法です。

この子はおそらく、何者かによって既に使役されているので成功する可能性は著しく低いですが、成功さえすればなんでも言うことを聞くようになるのでこの魔法を選びました。

どちらかというと儀式のような側面が強いですがほとんど同じようなものですね。

失敗すればまた別の魔法でやり直すこともできるので、まずは試しにということで…


今回は水をたらすと起動するようにしましたのでさっそく…」


そう言うとメリエラは用意した杯からテーブルに置かれた紙へ水を垂らそうと手をひねる。

やがて数滴が杯から零れ落ち、紙めがけて一直線に落ちてゆく。

しかし、それは紙に触れるほんのわずか上で何らかの力で弾かれてしまうのだった。

結局水は紙に触れず、床を小さく濡らすのだった。


「い、今のは!?」


誰よりも早くサラが驚きをあらわにする。

しかしこの場合、誰よりも驚いているかと容易に想像がつきそうなメリエラは、むしろ一番落ち着いているように見えた。


「おそらく風の魔法ですね。」


メリエラがカラスのほうをまっすぐに見てそういうので、誰の仕業だったのかはバヒムにもわかった。

全員がカラスのほうをじっと見つめると、今まで一言もしゃべらなかったことが嘘のように、カラスは饒舌な様子で話し出すのだった。


「お前たち、俺を使役するんだな?

だったら、こことこことここ、あとはここも書き直せ。

それに水を垂らすというのも気にくわない。

紙を破くようにしろ。」



『え?』


あまりの衝撃にカラス以外の四人全員は声をそろえるのだった。




四人がいくら声をそろえてが驚こうが、カラスに怯む様子はなくしゃべり続けるのでメリエラはおとなしく言うことを聞いてみることにするのだった。

あれやこれやと細かく文字に修正を加えてゆく、そのメリエラの様子に先ほどのような手慣れた雰囲気はなく、完全にカラスに振り回されるような形だった。

しかし、ほどなくしてカラスの要求を完璧にクリアしたメリエラは気を取り直して、いったん姿勢を整えてからカラスの前に立ち、確認するのだった。


「こ、これでいいんですよね?」


「上出来だな!」


ここまでの間、メリエラ以外の三人はただ唖然とその様子を見ていることしかできなかった。


「カラスさん、一つ聞いていいですか?」


「なんだ?」


「こうやって私にアドバイスしてくれてますけど、カラスさんは私たちに使役されたいんですか?

じゃなきゃどうしてこんな…」


「なんというかあれだな…生存本能だ!」


「生存本能?」



メリエラは疑問を抱きつつも、カラスに言われた通り書き変えた紙を破く。

紙は破けたかと思うとそのまま火が出て燃え尽き、カラスのまわりを覆う黒い(もや)のようなものがあらわれ今度はそれが火を噴いて次第に晴れてゆく。

やがて完全にカラスの周りから靄が消えると、そのままカラスはメリエラに対して頭を下げひざまずくような姿勢を見せるのだった。


「懐深きわが主人よ、私に応えられることでしたら何なりとお答えいたします。」


カラスの一変した態度に、メリエラは力が抜けて膝をつくのだった。


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