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砂槍の用心棒  作者: 蓋
1章~砂と水
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9.止すること、死すること


「死とは生の延長上にあり、故に死そのものを生と言い換えることもできる

なればこそ、死とは恐れるべきものではない

きみ、この時を停滞させ、永遠たらしめる()こそを恐れたまえ……」


本を読み上げているようなトーンのメリエラの声は、どこか震えているようにも感じられた。

バヒムは黙ったまま続くメリエラの言葉に耳を傾ける。


「死の神モゼルが人々に説いた生命の死はそれまで人々が思っていたものとは大きく違いました。生の末に死があるのなら死は生の見せるせる一面であって、何も恐れることはないのだそうです。むしろ私たちは、生きることを止めること…つまり止こそを恐れるべきなのだと……」


メリエラの声はやはり震えているように聞こえる。

バヒムはそのことを不思議に思ったがとても口を挟める空気ではなく、ただ少し離れた位置から止してしまったグリアスの娘をやさしくなでている彼女を見ているしかできなかった。


「大昔の魔法には大きく分けて三種類の系統がありました。一つは妖精に伝わる愛の神メヒルのもたらした色鮮やかな魔法、一つは失われた種族である吸血鬼に死の神モゼルがもたらした生命の魔法、そして最後に時の神ネウスが大陸に持ち込んだ止の魔法です。この止の魔法は3つの中で最も解明されていない未知のもので、本当に一握りの強大な魔法使いたちによって使われた事例しか今は確認されていないのです。もし、もしもですが、この子の時間を止めたのがあのカラスの仕業なのだとしたら…」


ここまで聞いたところでバヒムは、メリエラの言いたいことが分かった。

ここにカラスを送り込んできた魔法使い……。

つまり、ちょっかいをかけてきてる相手が相当な使い手である可能性が高いのだ。

この事実を前にしては、さすがのバヒムも息をのむしかなかった。

魔法の恐ろしさはバヒム自身も重々理解していたのだ。

彼の脳裏の奥の奥、ずっと昔にしまい込んだ景色にぱっと色が付く。


……赤。

それも目が焼けそうなほどに眩しい純粋な真っ赤。

溶けて滴る石の壁が頬の間近を流れてゆく感覚。

いつのことかは覚えていない漠然とした悪夢のような光景。

自分も砂に還るのだと幼いながらに覚悟したあの夜。


むせかえるような感情の渦がバヒムの心を内側から貪っているように胸が苦しかった。

まるで今の自分がどこにも立っていないように不安定に視界が滲んでいる気がした。


寂しかったんだ。あの夜は寒くて、熱くて……。


今、自分はどうして…

いったい何のために…

この場所にいるのか…


わからなかった。それくらいわかっていたことなのに…。

どうしようもなく今の自分が自分にとって頼りない存在に思えた。





「どうしたんですか?バヒムさん?」


メリエラ……。

彼女を守るということも、空っぽな自分の気まぐれなのだろうか?

お金のため?

それとも王国のため?


このままではいられない。

自分が自分でない…そんな気がする。



「すまない…メリエラ……一度にいろんなことが起きすぎて、俺にも整理がついてないんだ…」



「そう…でしたか。ひとまず、今の私に彼女をどうこうすることはできそうにもありませんから、今日はひとまず寝ませんか?」


「そうだな……廊下の先に今は使ってないグリアスの嫁さんの部屋があるからそこを使ってくれ」




イシュルムとグリアスの関係性もあって、酒場サンドルフィンにはバヒムとイシュルムの寝泊まりできる部屋があった。

とはいえ商売柄、二人がこの場所を使うことはそこまで多くはなかったのだが、ここを二人の部屋と呼んではいいほどにバヒムはこの場所に温かな安心感を覚えていた。


「グリアスがいなくなったんだよな……みんな、どんな顔するのかな…」


暗い部屋の中、ベッドに横たわりながら見る天井に、バヒムはそうつぶやくとゆっくりと目を閉じた。

瞼の裏側に様々な表情の見知った酒場の常連、もといかつてのグリアスの戦友たちの顔が浮かんでは消えていった。




やがて日が昇り、冷めた砂は一心に熱を蓄え始める。

人々は目覚めと共に動き始め、それはやがて町全体の動きとなってゆく。

しかしそんな中でもやはり、少女はきっと眠り続けるのだ。

止まってしまった肉体が目覚めて動き出すことはないのだろう。


目を瞑りながら思うべきことが多すぎたバヒムはあまりよく眠れなかったまま、あくびひとつを部屋においてネイクル様子を見に行くことにする。

昨日のあの様子、相当疲れたようだったし彼のことが少し心配でもあったのだ。

しかし部屋を出てすぐに、その心配が無用であったとバヒムは悟った。


「おはようバヒム」


他でもないネイクルが部屋の前の壁に寄りかかってバヒムを待っていたのだった。


「疲れはもういいのか?久々に魔法でやりあったんだろ?」


「あぁ、数日間ほぼぶっ続けで眠気を誘う魔法を使ってたんだが、効かないどころかおそらくこっちもカウンターをくらってたようだな。

まぁ、相手があのカラスってんなら納得ってもんだ。

ほんとはもっと眠っててもよかったんだが、悠長に眠っていられる状況でもないさ………」


「グリアスの娘のことだろ?本当にびっくりしたよ…どういうことだか俺にはさっぱり…」


「メリエラに見せたのか?」


「もちろん見せた。ただ、どうにかできる気はしないって……」


そこまで言いかけてバヒムの口は止まる。

ネイクル越しに見える廊下のさらに向こう、メリエラとその隣で彼女と談笑しながら朝食を口に運ぶ女性がもう一人。

どこか見たことあるようなないような…

身長はメリエラよりやや高いだろうか?

長い栗色の髪の毛にぱっちりとした目元。

やや幼さを残すようなかわいらしい余韻のある顔つき。

そして何より、太陽を宿したような黄色い輝きのある瞳。


間違いなくそれは、昨夜まで止まってしまっていた少女のように思えた。

しかし、明らかにおかしい点がある。

どう考えても年齢が合わない。

身長だって、成長期で説明のつく範疇を優に超えている。

昨日まで幼かったグリアスの娘が、一晩のうちにここまで成長しているというのはとても考えられない


訝しむバヒムの様子を見てネイクルはため息を漏らす。


「なぁバヒム?お前は出会って日もたってないから知らないと思うがメリエラには気をつけろよ?あいつは時にとんでもないことをやらかしかねないからな…

時に聞かせてもらうがお前、国王様から何か重要な預かり物をしたそうじゃないか?それはどうしたんだ?」


「あ?そういえばどこに…」



「あっ!バヒムさん起きたんですね!」


ついにメリエラがバヒムのことを見つけて廊下の向こうから手を振ってくる。

ついでに言うとその隣の女性も一緒に…。


バヒムは控えめに手を振り返し朝食の席に向かう。

どうやら今朝はネイクルが準備してくれたらしい。

見慣れた異国の料理が人数分用意されている。



「おはようメリエラ、あとそちらは……」



「そちらってバヒム?私のことわかんない?やっぱりわかんない?」



「やっぱり、グリアスの娘なのか?」


グリアスがそう問いかけると、かぶせ気味に後ろからネイクルが答える。


「バヒム、その()はサラだ。7歳になったらそう名付けるとグリアスが話していたのを覚えている。」



ジェフリア王族での習わしとして、男子は5歳、女子は7歳になるまで正式な名づけは行われず、あくまで「○○の子」「○○の娘」として扱われるというものがある。

これは男子が5歳で戦士としての教育を受けはじめ、女子が7歳で生贄の資格を得ることに起因するとされているが、ジェフリアが失われた現在、これを守るべき立場にいる人間はいない。

しかしそれでも尚この伝統を守ろうと思ったのはグリアスが国を守る戦士故だったのだろうか。



「でもなんだか違和感あるなぁ、突然サラだなんて呼ばれだすの。」


グリアスの思いを知る由もない彼の娘は顎もとに人差し指を乗せ、ただそうつぶやくのだった。



「いやいや、名前がどうのよりも先になんだってこんな突然…成長?したんだ?動き出したのは何よりなんだが、いろいろと追い付けないぞこんなの。」



「では私から何があったか説明しましょうバヒムさん。なのでとりあえず座ってください。」


メリエラがそういうのでバヒムはおとなしく席に着く。

そしてついでに朝食を一口。

「あむっ……ん!これうまいなネイクル」






「昨日、バヒムさんに案内された部屋で私、ずっと彼女を治す方法を考えてたんです。

彼女、サラさんはおそらく()の魔法によって停止していました。

どうにかしてその力を打ち消すことはできないかって思ったら、一つ心当たりがあったんです…正確には二つでしたが…


それは私たちがリメル様から託された槍、エルセゲナです。

この槍にはその創造主たるネウスの力、すなわち()の魔法と同質の力が込められています。

加えて伝承ではこの槍、止まってしまった湖の水を動かすために作られたとすら言われています。

これは試さない手はないというもの。

私は早速バヒムさんの部屋に忍び込んで槍を拝借…

そしてもう一本、昨日の昼間ゆずってもらったこちらの槍を用意しました。

私はそれを一本ずつ順番にサラさんにつきたてたんです。」



「槍で刺したのか!?」



「はい。結果サラさんはこの通りです。

サラさんが成長してしまったのは、おそらく槍に込められた力のほうが強く作用しすぎて肉体の時間が進んでしまったせいではないかと思います。少々荒療治だったかもしれないことは申し訳ないですが治ってくれて何よりかな…と。

…取り返しがつかなくなりかねないことをしたことは反省しています。」



「おいおい…まぁ治ったからよかったけども…

サラもこの様子だとあんまり気にしてないみたいだしな。」



「な!?これでも少しはショックだったんだからね?」



「そしてもう一つ重要なことです。

この二つ、改めて見比べるとそっくりですが異なる点があるんです。

それが柄の年期の具合と刀身から放たれる独特の熱気です。

結論から言うと、リメル様に託された方の槍はおそらく偽物です。

確かな証拠として止したサラさんに刃を突き立てても何も起こりませんでした。

サラさんを治してくれたのはこのもう一本、熱気を発する方の槍です。」



「なんだってリメル様は偽物の槍なんて…

というかそのもう一本…どこから持ってきたんだ?」



「昨日ネイクルさんに連れられて行った…珍品屋さん?から譲り受けました。」



「サークの用事ってそれか…ってあいつの品はどれもこれも高価なはずだ。

一体何を払った?」



「あぁ、それでしたらお使いを一つ頼まれました。

なんでもここから東に行ったところに真っ白な砂漠があるとか…

そこに置いてきてしまった荷物を取ってきてほしいそうです。」


バヒムは、このメリエラの答えに思わずむせてせき込んでしまう。

ネイクルはため息を漏らし、サラはメリエラを取引上手だと称賛した。



「なぁメリエラ?死の砂漠って聞いたことあるか?」



長い長い朝食タイムの始まりであった。

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