09_「パトリア国の歴史」
目の前には、淡い色の石材で造られた壮麗な建物が広がっていた。中央の建物を挟むように、左右へ大きな翼棟が伸びている。整然と並ぶ柱や窓には細かな装飾が施され、屋根の上には手すり付きの欄干が続いていた。中央棟からそびえる塔は、青空を背にして遠くからでもよく目立つ。
建物の前には、石畳の広場が広がっている。広場の端には、飲み物や名物らしい料理を売る屋台が並び、焼いた生地の香ばしい匂いと甘い果物の香りが、話し声や呼び込みの声に混じって漂っていた。
観光客だけでなく、地元の人らしい親子連れや若者の姿も多く見られる。
立て看板を見ると、どうやらここは『パトリア国・歴史博物館』のようだ。
博物館の入口へ続く階段には、長い列ができていた。ざっと見ただけでも百人近くはいるだろう。列の脇にも、順番を待つ人や連れを探す人が行き交い、まるで市場のように多くの人で賑わっていた。
たかが歴史博物館がこんなにも立派で、しかもここまで人が集まってるなんて……。
魔王軍との戦争には無縁の、平和すぎる光景に軽くめまいを覚えるほどだった。
「なあ、どういうことだ? この国の歴史でも学べと?」
俺が尋ねても、ヨリマシの巫女は答えなかった。依然として無言のまま博物館を見つめている。
何の意味があって、こんな場所へ連れてきたんだろう?
まあ……助けてもらった恩もあるし、理由は分からないが素直に従うしかないか。
俺は列の最後尾を探し、人々の後ろに並ぶ。
すると、ヨリマシの巫女が俺の肩をちょいとつまんだ。振り返ると、彼女は小さく首を横に振っている。
「ん? ここに入るんじゃないのか?」
ヨリマシの巫女は返事の代わりに、博物館の従業員らしき人へ目を向けた。ほんの小さな合図だった。けれど、それに気づいた従業員はすぐに表情を改め、近くの仲間へ合図を送る。
ほどなくして、入口の前にいた従業員たちが順番待ちの列へ向かって頭を下げた。
「大変申し訳ございません! 本日の『パトリア国・歴史博物館』の営業はここまでとさせていただきます! また、ただいまの時刻を持ちまして、広場も立入禁止とさせていただきます!」
突然の知らせに広場がざわついた。待っていた人々や、広場で遊んでいた人たちから不満の声が上がる。
「お詫びと致しまして、この広場に居る方全員に、一ヶ月間のフリーパスと、この広場で使えるお食事券を配布致します! なにとぞ、なにとぞご理解いただきますよう、よろしくお願い致します!」
従業員たちは一人一人にお詫びの品を渡しながら丁寧に頭を下げ、順次出口へと案内していった。
何が起きているのか分からないまま、俺はその様子を眺めていた。
十分ほど経った頃には、二百人近くいた客がすっかりいなくなっていた。屋台も全て撤収済みのようだ。
さっきまであれほど賑やかだった広場に、静けさが戻ってくる。聞こえるのは、石畳を歩く自分の足音と、遠くから聞こえる子どもたちの賑やかな声だけだった。
「ヨリマシの巫女様、お待たせして大変申し訳ございません。ご準備が出来ました」
博物館の入口には二十人近い従業員たちが並び、深々と頭を垂れている。まるで、あらかじめ決めていた祭事を執り行うような雰囲気だ。
ヨリマシの巫女が静かに頷くと、その二十人近い従業員たちも広場を去っていった。残されたのは、俺と少女だけ。
「……どうぞこちらにおいで下さいませ、『ルイン様』……」
ヨリマシの巫女は、誰もいなくなった博物館へ向かって歩き出す。
突然過ぎて呆気にとられていたが、恐らく国営である歴史博物館を、目配せ一つで貸し切るなんてとんでもないをしてるな……。
それだけヨリマシの巫女の地位が高いということだろうか?
そして、それだけの人物が、ここまで大掛かりなことをしてまで俺に伝えたいことって、いったい何なのだろうか……?
この歴史博物館の中に、いったい何があるっていうんだ……?
俺は期待と不安を胸に、ヨリマシの巫女の後ろを付いていく。
※
中は思っていたよりも明るい。高い天井の窓から光が差し込み、淡い色の壁と磨かれた木の床を照らしている。
壁には金色の縁取りが施された大きな絵画が並び、奥には天井近くまで届く書架が見えた。整然と並ぶ本の背表紙は、薄暗い照明の中で静かに浮かび上がっている。この全てが国の歴史だとすれば、ずいぶんと長い歴史を重ねてきたことになる。
広い展示室には、古い絵画や彫刻、細かな装飾を施された家具が並んでいた。ガラスケースの中には、使い込まれた道具や、時代を感じさせる品々が大切に収められている。どれもこの国にとって大事なものであり、歴史の節目に立ち会ってきた遺物なのだろう。
磨かれた床に、俺たちの足音だけが響く。
さっきまで外には、あれほど大勢の人がいた。それが今では、広い館内と広場を含め、俺とヨリマシの巫女しかいない。
誰も邪魔することはない。音すらも集中をかき乱さない。展示物を一つ一つ眺めるには都合がいい。けれど誰もいない博物館を歩いていると、まるで時間ごと閉じ込められたような気分にもなった。
博物館に入るのは初めてだ。もっと難しい説明ばかりで、退屈な場所だと思っていた。
でも、実物を前にすると思ったよりも楽しめそうだった。絵の中に描かれた見知らぬ街並みや、今では作れそうにない細工の品にはつい目を引かれる。
……ただそれは、歴史に興味があればの話だが。
俺にとっては、知らない国の、興味がない歴史。それを知った所で、いったい何になるんだろう?
そう思う一方で、俺の頭から離れないことがあった。
『パトリア』という姓を名乗れるのは、この国の王族だけだとラケルトーススは言った。だがそれは、孤児の俺が勝手につけたものだ。
偶然の一致で片付けることも出来るが、だとしたら明らかに地位の高いヨリマシの巫女が、俺をここに案内してくれた説明がつかない。
「えーっと……この国の歴史を見ればいいのかな?」
残念ながら返事はなかった。ここまで手応えがないとさすがに堪える。
最初は神秘的な印象を受けたが、単に無愛想な子なんじゃないか? と思うようになってきた。俺の娘たちって、やっぱり愛想がとんでもなく良かったんだなぁ……。
俺がしみじみと思っている間にも、彼女は足を止めず、次の展示室へ進んでいく。俺は肩をすくめ、同じように黙ったまま後を追うしかなかった。
ヨリマシの巫女は、いったい俺に何を見せようとしているんだ?
この国の歴史と、俺に何の関係があるんだ?
本当にこのままついて行って大丈夫なのか……?
疑問が臨界点を迎えようとしている――その時だった。
一番目立つ場所――館内の中央に、『それ』は建っていた。
それはそれは見事な、荘厳な銅像が建っていた。台座の上で、5人の女性たちがそれぞれ違う姿勢をとっている。磨かれた銅の肌には柔らかな光が落ち、衣服の襞や髪の流れまで細かく表現されていた。
「そんな……まさか……」
まるで銅像に招かれるように、俺はよろよろと近づいてく。
すると、足元にあるプレートが目に入った。
銅像のタイトルは――『奇跡の孤児たち、奇跡の国を作りし』。
「ああ……立派に……なったなぁ……」
誰が見間違えるものか、娘たちの顔を。
例え成長した後だとしても、娘たちの顔が分からないハズがない。
俺は……この子たちの父親なのだから。
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