10_「5人の娘たち」
分からない。なぜ、こんな場所に娘たちの銅像があるんだろう。
見上げるほど立派な像だ。並んでいるのは、間違いなくあの子たちだった。だとすれば、俺が眠っている間に、銅像が造られるほどの何かを成し遂げたのだろう。
そう思うと、胸の奥が熱くなった。嬉しい。誇らしい。
銅像だと分かっているのに、今にも声をかけてくれそうな気がする。
俺は一番近くにあった像へ手を伸ばした。指先に触れた銅は、ひんやりと冷たい。その冷たさに、ここにいるのは娘本人ではないと思い知らされる。それでも、顔を見ていると、幼い頃の笑顔が浮かんできた。
「ふふ……ずいぶんとキレイになったじゃないか、テテネ……」
黒髪のハーフエルフ――テテネ=パトリア。
像の表情は穏やかで、みんなをいたわる優しさが伝わってくる。けれど、その目元には芯の強さもあった。俺の知っているテテネが、そのまま大人になったような顔だった。
足元の説明板には、こう記されている。
<僧王テテネ。福祉活動、特に孤児に関する活動に積極的に取り組んだ。そのため、『孤児の女神』『ビッグ・ママ』と呼ばれることもある>
「はは……なんともテテネらしい経歴じゃないか……」
孤児院にいた頃から、あの子は他の子たちをよく気にかけていた。困っている子を放っておけなくて、俺が手を離せない時には、代わりに面倒を見てくれた。
時に優しく、時に厳しい。孤児院のお姉ちゃん役だったテテネ。
あの頃の優しさを、大人になってからもずっと持ち続けてくれたんだな。
目の前の像が、いつかのように微笑んでくれた気がした。俺もつられて笑いかける。だが、何も返ってこない。指先にあるのは、冷たい銅の感触だけだった。
俺は隣の像へ視線を移した。
<剣王オルバート。パトリア王国の初代女王でもある。弱きを助け強きを挫く心は、今なお引き継がれている>
金髪のショートで、俺と同じ人間――オルバート=パトリア。
像の顔には、前を見据える強い意志が刻まれていた。思い込んだら一直線で、気づけばみんなを引っ張っていた子だ。誰よりも家族思いで、誰かが傷つけられた時には、真っ先に飛び出していった。
「あの年中鼻水を垂らしてた暴れん坊が、こんな端正な顔つきになりやがって……」
口ではそう言いながら、笑みがこぼれた。
鼻をすすりながら、それでも弱い子を守ろうと前に出ていた姿が、今も目に浮かぶ。
あの小さな身体で、ずいぶん遠くまで行ったんだな。
立派になったな、オルバート。
像に向けた言葉は、静かな展示室に吸い込まれていった。
「この小さい銅像は……はは、フィンファンか」
<賢王フィンファン。パトリア魔法学校の初代校長でもある。今なお最強と名高い『パトリア術式』の祖である>
茶、白、黒の三色の髪を二つ編みにした猫人――フィンファン=パトリア。
5人の中で一番小柄な姿に、懐かしさが込み上げる。少し背伸びをしているような姿勢まで、あの子らしい。
「いつかみんなよりも大きくなるって言ってたのに、ちっこいままだったんだな……」
孤児院のみんなを引っかき回すのが大好きな、いたずらっ子。いつも騒ぎの中心にいて、気づけばみんなを笑わせていた。ずいぶん困らされたけれど、あの子の笑い声には何度も助けられた。
この像を見ていると、今にも悪戯を仕掛けてきそうだ。
そんなことを思って、また笑いそうになる。
その隣に立つ像へ目を向けた。
<騎王リシュア。最も高潔で、最も気高き騎士である。生涯を通して門兵を務め、その伝統は今なお残り続けている>
灰色の長い髪を持つ竜人――リシュア=パトリア。
5人の中で一番大きな像だった。記憶にある顔が霞んでしまいそうなほど、凛々しく立っている。
「一番小さくて弱くて甘えん坊だったお前が、こんなに強そうになって……」
臆病で、弱虫で、いじめられっ子気質。甘えん坊なのに甘えるのは下手で、寂しくてもなかなか言い出せない。そんな子だった。
でも、本当は誰よりも我慢強かったのかもしれない。
像を見ていると、小さな手で俺の服をつまんでいた感触まで蘇ってくる。もう一度、頭を撫でてやりたい。頑張ったな、と声をかけてやりたい。
そう思って手を伸ばしかけ、俺は止めた。
「それからあっちは……はは、成長してもウルルスはウルルスのままだなぁ……」
<商王ウルルス。一夜で豪邸が建つほど稼いだという伝説を持つ。『軍王』とも呼ばれ、奇跡的な計略を数多く生み出した>
空を思わせる青い髪のハーフの風精霊――ウルルス=パトリア。
像はどこか余裕のある表情を浮かべていた。幼い頃からひょうひょうとしていて、何でも要領よくこなす天才肌。けれど、5人の中で一番の寂しがり屋でもあった。いつも誰かにくっついていたっけ。
成長した姿にも、あの子らしさが残っている気がした。
今にも「パパ、そんな顔しないでよ」と、笑いながら肩に寄りかかってきそうだ。
だけど……やっぱり声は聞こえない。
「テテネ……オルバート……フィンファン……リシュア……ウルルス……」
返事がないと分かっているのに、呼ばずにはいられなかった。
分かっている。ここに在るのは、ただの銅像だ。それでも像を眺めていると、幼い頃の笑顔が次々と浮かんでくる。ほんの一瞬、あの子たちに会えたような気がした。
懐かしくて、嬉しくて、誇らしい。
もう少しだけ、このまま見ていたかった。
けれど……説明板に記された功績を読み進めるうちに、俺は少しずつ気づき始めていた。
娘たちは、俺の知らない大人になった。
俺の知らない場所で、俺の知らない人たちを助け、国を築き、歴史に名を残した。
それは誇らしいことのはずなのに、胸の奥に小さな痛みが広がっていく。
そして……ようやく分かった。
俺の姓と同じ名前を持つ国。その国を築いたのは――。
「そうか……この国は――パトリア国は、お前たちが作った国だったんだな……」
俺の、娘たちだった
その事実に、胸がいっぱいになる。
嬉しかった。誇らしかった。
なのに、どうしてだろう。娘たちの像を見上げるほど、俺だけが取り残されているような気がした。
「そして……そして、もう――」
見たくないと思いながら、俺は説明板の一文に目を留めていた。
『これは、建国五百年を記念して作られた銅像である』
建国五百年。その文字を、何度も読み返した。
娘たちの功績を讃える銅像が、後の時代に造られた。あの子たちが生きた時間は――もう遠い過去になっている。
さっきまで、像の向こうに娘たちの笑顔が見える気がしていた。
けれど、銅像は何も答えない。冷たい銅の表面に、冴えない俺の顔がぼんやり映るだけだった。
「お前たちはもう……この世にはいないんだな……」
つぶやいた声は、かすれていた。
俺は一度死んだ身だ。こうして生き返ることが出来ただけでも奇跡だ。それは分かっている。分かっているけど――。
もう一度だけ、会いたかった。
5人の顔を見て、声を聞いて、抱きしめたかった。
立派になったなと伝えたかった。よく頑張ったなと、頭を撫でてやりたかった。
再会できたように感じた温かさが、ゆっくりと遠のいていく。
娘たちは、もうこの時代には居ない。
俺は――独りきりになってしまった。




