03_プロローグ「物語の終わり」
――それは、ある日の夜だった――
俺は、背中にツララでも刺されたような寒気を感じて飛び起きた。
直感ですぐに分かった。恐ろしい『何か』が、孤児院に向かってきていると。
俺は5人の子どもたちに向かって、絶対に外に出ないようにキツく言い聞かせ、使い古した愛用の剣を持って外に飛び出した。
この寒気には覚えがあった。
10年前、魔王討伐に向けて一番血気盛んだった俺たちが、何も出来ずに大敗をきっした時に感じた寒気と同じモノ。
つまり、相手は――。
郊外にある『パトリア孤児院』に向かって、黒い炎の塊がゆっくりと迫ってくる。
魔王の懐刀と呼ばれている、魔王軍最強の戦士――『黒騎士ニグラ』だ。
いずれ魔王軍から刺客は来るだろうと思っていた。だがまさか、大物中の大物が直接来るなんて予想外すぎた。
やはり5人の子どもたちは、魔王軍にとって不利になる何かがあるのか……?
俺は剣を構え、『黒騎士』と相対する。
逃げようと思って逃げられる相手ではない。まして、5人の子どもを抱えてなんて絶対に無理だ。
しかし……俺はもう34歳だ。とっくの昔に全盛期は過ぎている。
そもそも、あの時は全盛期の5人がかりですら傷一つ付けられなかったんだ。
今の俺に……万に一つも勝てる見込みは無い。
どうする? どうしたらいい……?
俺は、戦うどころか震える手足を抑えるので精一杯だった。
それを見透かされたのだろう。黒騎士はフッと嘲笑い、剣の間合いギリギリの所で足を止めた。
「その様子を見るに、我が黒騎士ニグラである事は分かっているようだな。……ん? 貴様は……そうか、思い出したぞ。かつて一度だけ刃を交えたことがあったな。人間にしてはやる方だと思っていたが……今ではこのざまか。時とは残酷なものだな。老いとは悲しいものだな」
黒騎士は残念そうに深い溜息をもらした。
俺は精一杯の虚勢を張りながら、なぜ5人の子どもたちを狙うのか問いただした。
問答無用で切り捨てられるかと思ったが、黒騎士は俺の質問に対してひどく驚いていた。
「なんと……知らずに助け、育てていたのか……。貴様はずいぶんと奇特なヤツのようだな。ふむ……ならば教えてやるとしよう」
黒騎士は、どこか機嫌が良さそうな口調で話し始めた。
「あの子どもたちについてだが……孤児になった経緯はバラバラで、生まれも、種族もバラバラだ。だが、共通している点が一つだけある。それは、『大いなる力』を秘めているという点だ」
大いなる力……? まさかそれって……!
「そうだ。あの子どもたちはいずれ、魔王軍を脅かす存在となるだろう。8年前に、魔王軍最高の占い師がそう断言したのだ。そして――いや、それは我が口にする事ではないな」
何か理由があるとは思っていたが、まさかそれほどだったなんて……。
だからこそ、魔王は黒騎士をここに派遣したのか。
また大軍で動けば、気取られて逃げられる。
絶対に逃さず、確実に仕留めるために。静かに近づき、静かに殺すために。絶対的な信頼がある黒騎士を、単独で。
「絶対に敵わぬと知りながら立ち向かうその勇気は、称賛に値する。だが――」
黒騎士は夜空に向かって手を掲げる。漆黒が舞い降り、それは具現化していく。
絶対的な力を象徴するかのような巨大な【黒ノ剣】が顕現した時、10年前の苦い記憶が鮮明に蘇った。
全盛期だった俺の剣を軽々とさばき、リーダーの鎧を紙のように切り裂き、副リーダーの魔法すら簡単に打ち消した、俺たちにとってトラウマの象徴。
「命を無駄にするのだけは感心せんな」
無駄なんかじゃない。俺が……俺が守らないと。この国を勝利へと導く存在を。将来の『勇者』たちを。
その為なら、俺の命だって……!
……いや、本当にそうか? 本当に俺は、そんな風に考えているのか?
守りたい気持ちにウソはない。覚悟も決めているハズだ。
だったらどうして……どうして手足の震えが止まらないんだ……!
「……我は、貴様のような人間は嫌いではない」
黒騎士は、まるで敬意を表するように【黒ノ剣】を地面に刺した。
「魔王様から直接与えられた任務は、あの子どもたちの抹殺のみ。素直に道を開けてくれるならば、貴様だけは見逃してやろう。どうせ実の子ではないのだろう? ならば、命まで張る必要はあるまい」
……は?
今……コイツはなんて言った?
俺に、5人の子どもたちを見殺しにしろって言ったのか……?
あんなに可愛くて、あんなに可憐で、あんなに愛しい5人の子どもたちを見捨てろだと……!?
ふざけるな……ふざけるな! ふっざけんな!!
見捨てるぐらいなら、俺はここで死ぬ!!
俺はもう、5人の子どもたちにとって――!!
……あっ……。
そこで俺は……やっと気づいた。
国の為だとか、将来の『勇者』の為だとか、そんな立派な考えなんか持っていないことに。
俺は……俺はただ、5人の子どもたちの為に――。
身体の震えは、いつの間にか止まっていた。
本当の意味で、戦いの覚悟が決まったからだ。
「ふむ……残念だ。ならば、この剣を以て退けるのみ!」
慈悲の時間は終わったのだろう。
黒騎士は俺に向けて、巨大な【黒ノ剣】を――。
「くっ!? これは……!?」
空に突然現れた巨大な魔法陣――拘束用の魔封陣が、黒騎士の四肢を縛っていく。
「この程度で我を拘束出来ると思ったか? ……ハァッ!!」
巨大なサイクロプスを一日は拘束できる強力な魔封陣を、黒騎士はものの数秒で引き千切った。
だがそれも束の間で、今度は地面に魔法陣が現れ、舗装された道が泥となって黒騎士を飲み込んでいく。
「無駄だ!」
沈んだのはヒザ下までで、黒騎士は【黒ノ剣】を地面に突き刺し、魔法陣を破壊して元通りにしてしまった。
「ほう、まさかこんな所に新手が来るとは。それも、かなりの実力者のようだな。子殺しなどつまらん任務だと思っていたが……」
黒騎士はどこか嬉しそうに言った。
「我と戦いたくば姿を現せ! 正々堂々戦うならば、安らかな死をくれてやろう! 臆病者には、永遠に消えぬ黒炎を味わってもらうことになるぞ!」
黒騎士は闇に向かって叫んだ。だが……応答は無かった。
それもそのハズだ。なぜなら――。
巨大な魔封陣も、地面を泥にした魔法陣も、俺があらかじめ準備していた罠なのだから。
俺は……黒騎士の存在に飲まれていた。
単身で攻めてきた事に対し、俺は真っ向から立ち向かうことを選択してしまった。
俺がやりたいのは、正々堂々戦うことか? ――違う!
俺がやりたいのは、満足感を得て死ぬことか? ――違う!
黒騎士よ……。悪いが、これから始まるのは『勝負』じゃない。
5人の子どもたちを悪の手から守る、『防衛戦』だ!
展開しろ。闇性反転の結界。属性反射の結界。魔力吸収の結界――。
発動しろ。魔滅聖域の魔法陣。聖炎地雷の魔法陣。重圧圧殺の魔法陣――。
「貴様……!? 剣士ならば正々堂々戦え!! この卑怯者が!!」
ハッ! 夜中にいきなり来て、5人の子どもたちを殺しに来たヤツに言われたくないな!
それに、罠がこれだけだなんて誰が言った!?
恐怖しろ。竹槍の落とし穴、トラバサミ、跳ね上がり式のトゲ板――。
萎縮しろ。ワイヤー式の弓矢、振り子式の巨大丸太、逆さ吊り罠――。
もしも刺客が魔法を無効化するヤツなら、って事も想定済みだ。
物理トラップも豊富に取り揃えてやったよ。
「くっ、なんという罠の数だ……! もはや狂気としか言いようがない……! ――だが、魔王様の命令は絶対! 押し通らせてもらうぞ!」
黒騎士は怯むことなく、巨大な【黒ノ剣】で結界や魔法陣を破壊しながら突き進んでくる。
俺は……俺は勝つ! 勝ってあの子たちの成長を見守る!!
それが、俺の覚悟だ!!
※
……いったい、何時間戦ったんだろうか……?
黒騎士は、俺の罠をことごとく粉砕していく。俺は、間隙を縫って一撃を喰らわす。黒騎士の反撃を、俺は辛うじて交わす。
もう何時間もそれの繰り返しだった。
ほんの少しでも隙を見せれば、黒騎士は恐ろしく鋭い一撃を放ってくる。
ギリギリの所で交わせる時もあれば、血がにじむ程度のかすり傷を受ける時もあった。だが、どれも致命傷には至っていない。
俺は、俺自身に驚いていた。
百を超える罠を準備していたとはいえ、あの黒騎士と互角に渡り合っているなんて。
『国落とし』『闇の申し子』『勇者殺し』、そして『魔王の懐刀』。異名は数知れない。
どんな英雄ですら、黒騎士との戦いは避けて通るという。
かつての俺たちも、トラウマになるほどの大敗を喫した。
だというのに、今は俺一人で戦えている。
34歳で、とうに全盛期を過ぎているというのに、一太刀どころか深手すら負わせている。
――違う。分かった。今だ。今なんだ。
今が、俺の全盛期なんだ……!!
5人の子どもたちと過ごした日々が、想い出が、全て力に変わっていくのを感じる……!!
だが、だがそれでも――勝利にはあと一歩手が届かない。
「はぁ……はぁ……! どうやら……品切れのようだな……!」
ついに……最後の罠が壊されてしまった。
残されたのは、使い古した愛用の剣と、この身体のみ。
「卑怯で、姑息で、褒められた戦い方ではない。それでも……愉快な戦いだったぞ、我の人生で一番な。だが……これで終いだ!!」
深手を負っているにも関わらず、黒騎士は今までで最高の速度で突っ込んでくる。
これは……無理だ、絶対にかわせない。
俺の傷は深くはない。だが、血を流しすぎているし、疲労で手足の感覚がない。
どうする? どうしたらいい?
このままでは負けてしまう。
俺は、必ず勝ってあの子たちの成長を――。
――その時、5人の子どもたちが視界の隅に入った。
ああ……そうだな、そうだよな……。
今やるべきことは、たった一つだよな……!
俺には、『勇者』になれるだけの力はなかった。
俺には、特別と呼べる力はなかった。
だけど、だけどなぁ……! 『父親』として、絶対に負けられない意地があるんだよ!!
黒騎士が放った全力の一撃を――俺は無抵抗で受け止めた。
巨大な【黒ノ剣】が、俺の左半身を粉々に吹き飛ばす。
「なんだとっ!? 貴様、いったい何のつもりで――!?」
何のつもり……? そんなの、決まってるだろ……。
罠を準備していたのも、この戦いも、今俺がこうしているのも……!
全部、全部……『俺の子どもたち』を守るためだ……!!
「……そうか。それほどまでに、あの子らを守りたかったのか……」
負けることだけは、絶対にダメだった。
俺の負けは、あの子たちの死に繋がっているから。
だから、勝ちたかった。勝って、もっともっとあの子たちと一緒に居たかった。
あの子たちの……将来を見守っていきたかった……。
でも……勝てなかった。勝てなかったが……悪くない気分だ。
なにせ、悪名高き黒騎士様と相打ちなんだからな……!!
俺は、残った右腕で剣を掲げる。最後まで付き合ってくれた、ボロボロの愛剣を。
「ふっ……ふははっ……! 正真正銘、命を賭した反撃か……! 見事なり……!」
そして――黒騎士の心臓に深々と突き刺した。
※
気がつくと俺は……俺の子どもたちに囲まれていた……。
身体は……動かない。
痛みは……もう無い。
みんな……出会った時の頃のように、大粒の涙を流しながら泣きじゃくっていた……。
ああ……そんなに泣かないでくれ……。
勝てなくて悪かった……。こんな……こんな弱い父親を許してくれ……。
……え? そんな事はない……?
世界一強くて、世界一カッコイイ父親だって……?
はっ……はははっ……。
そいつは……人生で一番嬉しい言葉だな……。
あの日……お前たちを助けて本当に良かった……。
大いなる力がどうとか……そんなのは関係ない……。
お前たちは……俺に幸せをくれた……。
それだけで……充分なんだ……。
毎日が……本当に幸せな日々だったんだ……。
いいか、お前たち……よく聞くんだ……。
力で……生き方を選ぶな……。
心で……生き方を選べ……。
お前たちの生き方は……お前たちが決めるんだ……。
ははっ……ずっと考えてたセリフを、やっと言えたよ……。
父親らしい……言葉だろ……?
ああ……楽しみだなぁ……。
お前たちは、いったいどんな大物に成長するんだろうなぁ……。
もう……何の後悔もない……。――いや、一つだけあるか……。
お前たちの将来を……見届けてやれないことだけが、唯一の心残りかな……。
「いい人生にしてくれて……ありがとう……。じゃあな……。俺の自慢の……世界一の娘たち……よ……」
その言葉を最後に、俺の意識は遥か彼方へと遠ざかっていった――。
……………………
………………
………
――???年後――
そして俺は、目が覚めた。
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一挙三話更新でした!
次回は明日の21時頃に更新します!
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