16_「【白ノ剣(シロノツルギ)】」
【白ノ剣】を構えた俺を前に、黒フードたちの動きが変わった。
サーベルを抜いていた2人は、すぐには斬り込んでこない。互いに目配せを交わし、俺との距離を保ったまま左右へ散っていく。
残る者たちも、同じように足を止めた。テテネを抱えた男は片腕で彼女を支えたまま、もう片方の手を俺へ向ける。
黒フードたちは、それぞれが違う言葉を口にし始めた。声が重なり、広場のざわめきを塗りつぶしていく。
足元の石畳に黒紫色の光が走った。細い線が枝分かれし、円を描き、互いの術式を結びながら広がっていく。気づけば、5人を中心にした巨大な魔法陣が広場の床に広がっている。
魔法陣の光に気づいた人々が、悲鳴を上げて広場から逃げていく。
逃げるのをやめたわけじゃない。俺を足止めするために、全員で次の手に移ったのか。
魔法陣が完成した瞬間、石畳がガタガタと低く鳴った。
地面から黒い鎖が噴き上がる。1本目が足首に巻きつき、続く鎖が両脚を絡め取った。胴へ、肩へ、腕へ。鎖は生き物のように伸び、俺の身体を縛り上げていく。
拘束魔法か。それも、巨大なサイクロプスでさえ丸1日は動けなくするほどの。
「……選択としては正しい。だが、今の若いヤツらは知らないだろうな。かつて、あらゆる魔法を無効化した【黒ノ剣】があったことを」
口にした瞬間、あの夜の記憶が脳裏をよぎった。黒騎士が振るった黒い刃。触れた魔法をことごとく砕き、俺を死に追いやった力。ならば、この鎖がどれほど強固でも――。
刃でひと撫でするだけで、太く強固な鎖は糸のようにパラパラと切れていく。まるで冗談のような光景に、思わず笑ってしまった。こりゃ、トラウマになるのも当然だな。
信じられないものを見てしまったように、黒フードたちは驚きの声を上げる。
「バ、バカな……!? 5人で完成させた拘束魔法が、たった一振りで……!? そ、その剣はいったい何なんだ……!?」
黒フードの奥から覗く目が、【白ノ剣】と俺の顔を何度も行き来する。
「教えてやるよ、てめぇの身体に直接な。どんな理由であれ、どんな目的であれ……俺の娘をさらったことは、絶対に許さん!」
ほとばしる怒りを抑えるように、【白ノ剣】の柄を強く握りしめる。まるで俺の気持ちに応えるように、刃から光があふれ出す。視界を焼き尽くさんばかりのまばゆさが広場を満たし、石畳に伸びた影を白く塗りつぶしていった。
「ひぃ! て、撤退だ! 今すぐ撤退しろ!!」
黒フードたちは短い悲鳴を上げ、散り散りになって逃げ出す。先頭の男もテテネを抱えたまま、広場の出口へ走ろうとした。
「二度と人さらいが出来ないように、一生のトラウマにしてやるよ! 俺の怒りに応えろ、【白ノ剣】!!」
俺はその場で、【白ノ剣】を大きく振るった。
刃が空を切る。剣から放たれた光は、地面や建物に傷をつけることなく、白い弧を描いて頭上へ駆け上がった。
光の弧が空中で5つに分かれ、1つ1つが人の形を造り始める。それは――白い鎧をまとった騎士たちだった。
大きな肩当て、全身を覆う重厚な鎧、顔を隠す兜。『色』こそ違うが、目の前に現れた姿には見覚えがあった。その姿形は――あの黒騎士を彷彿とさせた。
「まさかこんなトンデモナイのが出るとはな……。さしずめ、『白騎士』ってところか。ふっ、こいつは丁度いい。白騎士たちよ! あの黒フードたちを捕まえろ!」
白騎士たちは心得たとでも言うように、胸の前で剣を構える。そして、空中に光の軌跡を描きながら、黒フードたちへ飛んでいった。
逃げる者の進路を塞ぎ、抵抗する者の腕を押さえ、それぞれマントの襟首をつかみ上げる。剣を振るう者がいても、白騎士たちは刃を受け流すだけで、誰一人傷つけなかった。
捕らえられた黒フードたちは、地面から足を離され、空中でじたばたともがくしかない。まるで王の御前に引き出された罪人が、処刑を待つばかりのようだった。
「ひ、ひぃぃぃっ! や、やめてくれ!」
リーダー格の男が悲鳴を上げ、ついにテテネを手放した。
「テテネ!」
俺は【白ノ剣】を放り投げ、落ちてくるテテネを両腕で受け止めた。間に合った。腕の中に、確かな重みと温もりがある。
「ふぅ……なんとかなったか……」
受け止めた拍子に、テテネの髪が頬をくすぐった。さっきまで敵に抱えられていたテテネを、今度は俺がしっかり腕の中に抱いている。その事実に、怒りで強張っていた指先がようやく震えた。無事でよかった。本当に……本当に無事でなによりだ。
「大丈夫か、テテネ? どこか痛くないか?」
反射的に、幼い娘たちを抱き上げた時の癖が出た。片腕で背中を支え、もう一方で腰を抱き、肩に乗せるように引き寄せる。
「……ええ。もちろんです、お父様」
ん? 一瞬だけ不満そうな顔をしたような気がしたが、気のせいか……?
「お父様の方こそケガはありませんか?」
テテネは俺の肩に手を添え、顔を覗き込んできた。危機を切り抜けたばかりなのに、目元にはいつもの柔らかな笑みが戻っている。
俺の顔に傷がないかを確かめると、安心したように息をついた。
「それにしても……さすがお父様ですね。初めてこの剣を使ったとは思えません」
「黒騎士との対決で散々見たし、味わったからな。身に染みてるってヤツだ。とはいえ、元の持ち主というか……黒騎士らしき人物を召喚できたのは、さすがに驚いたけどな」
「私も剣の効果までは詳しく分かりません。でも、神話に登場するような一振りであることは確かのようです」
「神話級!? 道理で恐ろしく強いわけだ……」
放り投げてしまった【白ノ剣】に視線を向ける。
俺を縛り上げていた拘束魔法を、軽く振るっただけで断ち切った。
そして謎の白騎士までも召喚し、黒フードたちをあっという間に捕縛した。
まさに最強の剣と呼ぶに相応しい逸品だ。
「黒騎士がどのような経緯で手に入れたのかは分かりません。けれど、むしろ驚くべきはお父様の方ですよ。あの夜、神話級の剣を持った黒騎士を、たった1人で打ち破ったのですから♪」
テテネはうっとりとした表情で俺を見上げた。俺の胸元に寄り添う手にも、力がこもっている。
確かにその通りだ。この剣を手にしてみて、より痛感する。あの夜、よくもまあ俺が黒騎士と渡り合えたものだ。罠を張り巡らせ、持てる手段をすべて使い、最後まで諦めなかった。それでも引き分けに出来たのは、奇跡としか言いようがない。
「お父様は昔からそうですよね。私たちのためなら、本当に信じられないぐらいの力を発揮してくれるんですもの♪」
「そ、そうだったっけ?」
テテネの言う通り、娘たちの前だからと張り切っていたな。だけど恥ずかしくなって、つい誤魔化してしまった。
「けど今回は、テテネが剣を用意してくれたおかげだよ。助けられたのは、むしろ俺の方だろうな」
「えへへ♪ お父様のお役に立てるならなんでもしますよ♪」
テテネは照れたように頬を染め、俺の肩へこつんと額を寄せた。俺は空いている手で、テテネの頭をそっと撫でる。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけるとうれしいです。
ご感想も大歓迎です。
引き続き、本作をよろしくお願いいたします!




