17_「『神』という存在について」
「……ん~! やっぱりガマンできません! お父様! この抱っこの仕方はなんですか!?」
腕の中のテテネが、頬を膨らませて俺を見上げた。黒フードたちにさらわれかけた直後だというのに、抗議する声にはすっかり元気が戻っている。
短めのエルフ耳がぴくりと揺れ、艶のある黒髪が俺の肩にこぼれていた。
「へ……? いや、昔はこうやって抱っこされるのが好きだったじゃないか」
「それは小さい頃の話です! ……いえ、確かにその通りですし、これはこれで嬉しいですけど……。そうではなくて! ここはお姫様抱っこでキャッチするのが王道でしょう!? まったく、お父様は乙女心に対して鈍感なんですから!!」
抗議しながらも、テテネは俺の首に腕を回したまま離れようとしない。
怒っているのか甘えているのか、どちらなんだ。……いや、両方なのかもしれない。
「は、はぁ……すみません。じゃ、じゃあ、これでどうですか?」
俺はいったんテテネを地面に降ろし、今度は背中と膝裏に腕を差し入れて抱き上げた。白い衣の裾がふわりと広がり、黒髪が肩からさらりと流れる。
「んふー♪ これですよ、これ! やればできるじゃないですか、お父様♪」
テテネは満足そうに俺の首へ頬を寄せた。
怒られたり褒められたり、叱られたり甘えられたりと、騒がしい上に忙しいな。年頃の娘ってのは、やっぱり気難しいもんだな……。
……ん? テテネの本来の年齢って――いや、これ以上考えるのはやめておこう。なんだか禁忌に触れる気がする。
広場の向こうから、うめき声と鎧の擦れる音が聞こえてきた。白騎士たちは黒フードたちを空中に吊り上げたまま、俺の指示を待っている。
そうだった。テテネの救出を喜んでばかりもいられない。まずは、こいつらに聞くべきことがある。
「さて……落とし前をつける前に、聞いておこうか」
俺はテテネを抱いたまま、黒フードたちへ向き直った。特に、リーダー格らしい男をまっすぐに見る。
「どうして娘をさらった? お前たちの雇い主はどこのどいつだ?」
俺の恫喝声に呼応するように、白騎士たちは文字通り締め上げていく。フードの奥の目は恐怖に揺れている。それでも、こちらを睨み返す気力は残っているようだ。
「だ、誰が言うものか! 我々はどのような拷問にも屈せず、沈黙を貫いてみせる!」
他の黒フードたちも、燃えるような目で俺を睨み返す。揃いも揃って、ずいぶんな忠誠心だ。
これは……厄介だな。脅したくらいでは口を割りそうにない。雇い主への忠誠か、裏切れば何をされるか分からない恐怖か……。
どちらにせよ、腕ずくで吐かせるのは簡単じゃなさそうだ。俺はテテネを抱く腕に気を配りながら、どうやって情報を引き出すか考え始めた。
「お父様、聞き出す必要はありませんよ。そんなことは、初めから分かっていますから」
テテネは俺の首に腕を回したまま、さらりと言い切った。年相応のワガママな振る舞いをしていたさっきとは違い、瞳には神としての落ち着きが宿っていた。
「私が現世に降臨したタイミングでさらう……そんな短絡的なやり方をするのは――間違いなく『天風神ブレウィタース』の指示でしょうね」
テテネの言葉を聞いた途端、黒フードたちの身体がこわばった。宙吊りのまま、互いの顔を見合わせる者もいる。
あーあ、そんな態度をしちゃってからに。図星って言ってるようなもんじゃないか。
「天風神ブレウィタース……? なんか、どこかで聞いた覚えがあるような……」
「風冷害の荒神ですよ。冷たい北風を吹かせて野菜をダメにするのが生きがいの、ダメ神です」
「ああ、思い出した! 孤児院で野菜を育ててた時、近所のおばあさんから『天風神ブレウィタースの怒りを買わないようにね』なんて言われてたっけ」
懐かしい記憶がよみがえる。畑の作物が傷まないよう、子どもたちと祈りを捧げたこともあったっけ。
あの頃はただの言い伝えだと思っていた。まさか本当に神がいて、しかも今になって娘をさらおうとしているとは……。
「お父様も仰っていたでしょう? 孤児が増える大きな原因は、食糧不足――飢饉による口減らしだと」
さっきまで抱き方に文句を言っていたのに、話が始まると急に真剣な顔になる。その切り替えの早さに、俺は変な感心を抱いていた。
「だから私は、国を作ってすぐに2つの政策を実施しました。1つは、もちろん孤児院の設立。そしてもう1つは、農法の改善です」
「農法の改善? 具体的にはどんな?」
「それは後でたっぷり教えてあげますね♪ ともかく、孤児院に集めた子どもたちにも新しい農法を教えて、各地へ広めました。そのおかげで、食糧難はあっという間に解消したんです。どちらもお父様の教えがあったから、スムーズに進められましたよ♪」
テテネは誇らしげに胸を張った。俺の首に回した腕にも、きゅっと力がこもる。けれどその顔は、自分の功績を自慢したいというより、俺に褒めてもらいたいという表情をしていた。
「さすがテテネだな、えらいえらい」
「えへへ♪ このぐらい当然ですよぉ♪」
俺が孤児院の畑で教えたことを、テテネは国の政策にまで広げたのか。なんだか胸の奥が熱くなるな。
「でも、どうしてそれが今回の誘拐に繋がるんだ? 食糧難を解決したことと、神様に狙われることは、何も関係なさそうに思えるんだが……」
「うーん……どう説明したらいいのやら」
テテネは考え込むように視線を上へ向けた。俺の胸元に頬を寄せたまま、指先で服のえりをいじっている。やがて「あっ」と小さく声を上げた。
「そうですね。まず、『神』という存在について説明したほうが分かりやすいかもしれません」
テテネは俺の腕の中で姿勢を正した。俺もテテネが話しやすいように、抱き直して支える。
「神というのは、ざっくりと表現するなら『信仰心の塊』なのです。そしてそれは、神になる条件の1つでもあります」
「神になる条件? つまり、テテネたちも信仰心が集まったから神に昇格したってことなのか?」
「さすがお父様♪ ご理解が早いですね♪」
テテネは嬉しそうに俺の胸元へ頬をすり寄せた。今のは褒められるようなことだったか? ……まあ、テテネが喜んでいるならいいか。
「人々の信仰心が多ければ、神は強くなります。逆に少なければ、弱くなります。――ここで話を少し戻しますね。『天風神ブレウィタース』は、冷たい北風による飢饉で人々を苦しめ、恐れられてきました。恐れもまた、信仰心の1つなのです」
なるほど。人々が何を信じ、何を恐れるかは、神々の力そのものに関わってくるのか。
「ところが、私の政策で飢饉は大幅に減りました。人々は『天風神ブレウィタース』を恐れなくなり、信仰心も少しずつ失われていきました。……さて、どうなると思いますか?」
「人々が恐れなくなれば、『天風神ブレウィタース』の信仰心が減って、どんどん弱くなっていく……?」
「大正解です、お父様♪」
テテネはぱっと笑顔になり、今度は俺の鼻先を指でつついた。答えが当たっただけで、そんなに嬉しそうにしなくても。
「そうか……。だから『天風神ブレウィタース』は自分の力を奪ったテテネを恨んで、さらわせようとしたのか……」
だが、疑問点が1つ残る。今更さらった所で、また飢饉が復活するとは思えない。なぜなら、テテネが残した農法の知識は消えないからだ。
となると、答えは1つ――。
「まさか……ただの逆恨みなのか? ずいぶんとみみっちくて最悪な神様だな、おい」
「ええ、そうなんです。心の度量がおちょこよりも小さい、クズ神なんです」
テテネは何のためらいもなく言い切った。神々しい顔で、なんとも容赦のない一言だな……。
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