15_「最強の剣」
……さて、いい加減本題に入っていかないとな。
あの日のことを――黒騎士と死闘を繰り広げたあの夜のことを、今度こそ確かめなければならない。
俺がどうして生きているのかも、なぜ900年以上が過ぎているのかも、何ひとつ分かっていないのだから。
「久しぶりの再開に水を差して悪いが、テテネに確認したいことがある」
「……はい、お父様。なんなりとお聞きください」
俺の口調でなんとなく感じ取ったのだろう。テテネは俺の左腕からそっと身を離した。
先ほどまでの甘えた笑顔が消え、背筋を伸ばして俺を見つめる。
「やっぱり俺は……あの夜に死んでしまったのか?」
口にした途端、左半身に鈍い痛みが蘇った気がした。
気づけば、俺は無意識に左半身を押さえていた。今の身体には傷ひとつない。それでも、そこに刻まれた死の感触だけは、簡単に消えてくれないらしい。
そして意識が途切れる直前に見た、娘たちの泣き顔。忘れたくても忘れられない記憶が、暗闇の底から一気に押し寄せてくる。
すぐには答えず、テテネは一度唇を引き結んだ。俺を安心させる言葉を探しているのか。それとも、真実を口にするのがつらいのか。
「はい……。あの夜、お父様は私たちを守るために……亡くなられました……」
テテネは、俺の手にそっと指を重ねる。慰めるような温もりが伝わってきたが、その指先は小さく震えていた。
「そう、か……」
死んだ。それは、頭では分かっていたはずだ。けれど娘の口から告げられたことで、本当の意味で受け入れられた気がした。
「まあ……アレだ。いつの日だったか約束しただろう? 『お前たちのことは、俺が死んでも守る』。……それを有言実行出来たんだから、良しとしようじゃないか」
俺は肩をすくめ、重くなりかけた空気をごまかすように笑ってみせた。
「もう、お父様ったら……」
テテネは涙の跡を指先でそっと拭い、困ったように眉を下げた。それでも、最後にはやわらかな笑顔を見せてくれる。その笑顔につられて、俺の頬も自然と緩んだ。
「それで、どうして俺が生き返ったんだ? まさか900年越しのゾンビってことはないよな?」
「ええっと、それは――」
――その時だった。黒い一陣の風が吹き荒れたかと思えば、テテネの姿が……その場から消え去っていた。
「なんだとっ……!?」
慌てて周囲を見回す。路地の先、石造りの建物が折れ曲がる角に、黒い風の名残が消えていくのが見えた。
「テテネ!」
俺は駆け出した。角を曲がると、視界がぱっと開ける。そこは人通りのある小さな広場だった。石畳の中央には噴水があり、露店の軒先には色鮮やかな布や果物が並んでいる。買い物客や子どもたちが行き交うその広場を、黒いフードを深くかぶった集団が横切っていた。
長い黒マントが風をはらみ、裾が石畳すれすれをなびいている。フードの奥は影に沈み、顔はほとんど見えない。先頭の男はテテネを抱えて走り、その左右と後方を同じ黒いフードが固めていた。
「くそっ……! 白昼堂々、人のいる街中で人さらいかよ!」
人さらいをするなら、夜か町外れが通例だ。人目を避け、失敗の危険を大きく減らせる。それを承知で実行したということは、見られても構わないのか、それとも今を逃せば二度とチャンスがないのか。
……そうか。狙いはヨリマシの巫女ではなく、その身体を借りて現世に降りている――テテネか!
黒いフードの集団は、人混みの隙間を縫うように駆け抜けていく。
先頭の男はテテネを抱えている。それなのに、走る速度はまるで落ちていなかった。黒いマントがひるがえる度に、連中の姿は人混みの向こうへ遠ざかっていった。
速い。速すぎる。一人一人もそうだが、先頭の男がわずかに進路を変えるだけで、後続の者たちも迷いなくそれに続いた。隊列は崩れず、足取りにも一切のためらいがない。
訓練を積んだだけの集団じゃない。長年『これ』を商売としてきた、人さらいのプロだ。
――だから、どうしたっていうんだ?
速い、速くないの問題じゃない。
追いつくか、追いつけないかの問題でもない。
父親として、やるべきことなんて一つだけだろうが……!
「親の目の前で娘をさらうなんて……殺されても文句は言えねぇよなぁ!!」
怒りに任せて地面を蹴った。身体の奥から湧き上がる力が、脚を、背中を、全身を灼くように満たしていく。
連中のように軽やかに人を避ける余裕なんてない。行く手を塞ぐモノを、強引にかわしていくしかない。
「ぐぅっ……!?」
道端に積まれた木箱へ肩からぶつかった。箱が砕け、木片が石畳に散らばる。
頬をかすめた破片が皮膚を裂き、腕にも細かな傷が走った。痛みで足がもつれ、俺は前のめりに転びかける。
こんなので、止まるわけがねぇだろ……! 両手をついて体勢を立て直し、膝の痛みを無視して再び地面を蹴った。
連中は振り返りもしない。黒いマントが人波の向こうで翻るたび、テテネを抱えた男の姿が遠のいていく。
それでも俺は、倒れた露店の台を踏み越え、散らばった木片を蹴り飛ばす。脇腹を木箱の角にぶつけ、視界が一瞬白く弾けた。歯を食いしばって、そのまま走る。痛みも、息苦しさも、今は全部置き去りにする。
そしてついに――最後尾を走る黒フードの背中が、手の届く距離にまで迫る。
「なに……!? 我々に追いついただと!?」
先頭を走っていた男が振り返った。フードの影から覗く口元が、信じられないものを見たように引きつっている。
「キャーーー! さすがお父様! カッコイイーーー! フレー、フレー♪ お・と・お・さ・ま♪ こんなヤツら、やっつけちゃってーーー!」
男の腕の中で、テテネが元気いっぱいに声援を送っている。さらわれている真っ最中だというのに、ずいぶんと余裕があるな……。
この程度のトラブルには慣れているのか、それとも俺を信頼してくれているから心配していないのか。
後者だとしたら、父親として応えてやらないとな……!
「ピスキ! クルス! そいつを足止めしろ!」
先頭の男が命令を下す。指示を受けた最後尾の2人が走りながら深く頷いた。
黒マントの裾が翻り、腰の鞘からサーベルが抜き放たれる。鈍い銀色の刃がギラリと輝いた。
ヤバい……! とっさに追いかけてきたのはいいが、こっちは丸腰だ……!
どうする? この2人を追い越してテテネを奪い去るなんて、絶対に無理だ。
どうする? 立ち止まって相手にすれば、それこそこいつらの思うつぼだ。
どうする? どうしたらいい? このままじゃ、今度こそ――。
焦りが喉元までせり上がった、その時だった。
「――ご安心ください。お父様には、お父様に一番相応しい剣を用意してあります」
張り詰めた空気を、テテネの声がやわらかく貫いた。
用意してあるだって? だけど、いったいどこに……?
「天に向かって手を掲げてください。お父様が最も強いと思う剣を、思い浮かべながら」
俺が、最も強いと思う剣……? そんなの、一つしかないに決まってるだろ……!
前方の2人は走りながらサーベルを構え、後方に居る俺に照準を合わせる。
それでも俺は、言われたとおりに片手を空へ掲げた。
次の瞬間には斬られるかもしれない。それでも、一切迷いはなかった。
娘の言葉を信じられなくて、父親を名乗れるかってんだ!
――大いなる光が、俺の頭上で輝き始めた。この世のものとは思えない光景に、俺も、黒フードの集団も、思わず立ち止まった。
細い光の筋が、一本、また一本と俺の掌へ舞い降りてくる。
まさか……これは……!? 知っている……! 『色』は違うが、この光景を俺は見たことがある……!!
純白が舞い降り、それは具現化していく。輝きは収束し、長大な剣身が音もなく伸びていく。
奇跡の存在を強制的に信じさせるような、圧倒的存在感。純白の巨大な剣が、俺の手の中にあった。
「これは……黒騎士が使っていた、【黒ノ剣】なのか……?」
「ええ、その通りです。まあ、カラーリングはお父様に相応しい色に塗り替えましたが。どうです? 最強の黒騎士を打ち破った、最強のお父様に相応しい剣だとは思いませんか?」
「はは……ははははは!」
思わず笑いがこぼれた。こんな状況なのに……いや、こんな状況だからこそ、腹の底から笑いが込み上げてくる。
「俺が最強だとは思わないが……最強に頼もしい剣を用意してくれたな! まったく、大した親孝行だよ!」
「えへへ♪ お父様にまた褒められちゃいました♪」
俺は巨大な剣を構える。白い刃がサーベルを握った2人の顔を照らした。さっきまで俺を追い詰めていた男たちが、激しく動揺しているのが分かる。
今度は――こっちの番だ!
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