↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺が育てた孤児の娘たちが、全員神様になってました  作者: 綺村 亮介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/17

13_「900年と53年223日」

 クーラに引っ張られるように、俺は公園の噴水広場に来ていた。


 広場の中央には大きな円形の噴水があり、その真ん中では翼を広げた像が空を仰いでいる。幾重にも重なった水盤から水が流れ落ち、陽の光を受けてきらきらと輝いていた。

 博物館を出てからも、クーラはずっと俺に話しかけてくれていた。娘たちのことではなく、最近食べたものや好きなものといった、何気ない日常の話だ。


 最初は、こんなに気さくな子だったのかと、またしても戸惑った。けれどクーラは俺の歩調に合わせ、疲れていないか何度も気にかけてくれる。話題を探してくれているのか、時折こちらの顔をのぞき込む仕草も、なんだか年頃の少女らしかった。


「ルイン様、喉は乾いていませんか? わたくしが飲み物を買ってきますから、そこのベンチで待っていてくださいね」

 クーラは日陰のベンチを選び、座面を手でさっと払ってから屋台へ駆けていった。戻ってくると、冷たいジュースを両手で差し出してくれる。


「はい、どうぞ。ここのジュースは搾りたてで、とても美味しいんですよ」

「ああ、ありがとう」

 彼女の気遣いに礼を言い、俺はジュースを受け取った。


 俺はジュースを飲みながら、何となく周囲を見渡す。

 追いかけっこをする姉妹。木の枝を剣に見立てて騎士ごっこをする兄弟。少し離れたベンチでは、夫婦が腕の中で眠る赤ん坊を見守っている。噴水の水音に、人々の笑い声が重なっていた。


 子どもたちが明日の心配をせず、笑っていられる場所。大人たちがその姿を見守り、家族で過ごせる時間。

 俺が目指していたのは、こういう豊かで平和な光景だった。

 それが今、目の前に広がっている。


「……ルイン様? 大丈夫ですか?」

 クーラの声で、俺は我に返った。心配そうに眉を下げた彼女が、そっと俺の顔をのぞき込んでいる。


「あ、ああ……大丈夫だよ」

 ごまかすようにジュースを口に運ぶ。冷たさが喉を通っていった。

 危うく泣きそうになるところだった。

 クーラはそれ以上聞かず、安心したように微笑んだ。それから、ふと思い出したように顔を明るくする。


「案内したいところがまだまだあるんです。さっ、行きましょうか」

 クーラは俺の左手を取ると、ためらいなく歩き出した。小さな手に引かれ、俺もベンチから立ち上がる。

 なんというか……急に距離が近くなった気がする。さっきまでのクーラとは、まるで別人みたいだ。

 まあ……年頃の女の子なら、気を許した相手にはこんなものなのかもしれない。

 それなのに、握られた手の温かさが、胸の奥に懐かしいものを呼び起こす。


 ……さっきから感じているこの感覚はなんなんだ……?

 ……なぜ、涙が出そうなほど懐かしく感じているんだ……?



 ※



 その後もクーラに連れられて、俺はいくつもの場所を巡った。


 活気あふれる市場では、焼きたてのパンや香辛料の香りが通りに満ちていた。果物を並べた店先では、店主が客に声をかけ、子どもたちが小銭を握って菓子を選んでいる。

 クーラは店の前で立ち止まるたび、俺の好みを確かめては「これも美味しいですよ」と楽しそうに教えてくれた。

 気がつけばクーラの手には焼き菓子の包みが増えていて、その一つを当然のように俺へ差し出してくる。


 水路に架かる石橋を渡れば、荷を積んだ小舟が行き交い、橋の上から子どもが手を振っていた。

 広場では演奏家の音色に合わせて人々が踊り、別の通りでは職人たちが軒先で品物を磨く。どこへ行っても人の営みがあり、誰もが明日の暮らしを疑わずに過ごしている。


 これが、娘たちが築いた国か――。そう思うたび、胸の奥が熱くなる。

 娘たちが生きた時代から何百年が経っても、この国には笑い声があふれている。俺が願った景色が、俺の知らない場所で、こんなにも確かな形になっていた。


「ルイン様、この国をご覧になった感想は?」

 人通りの少ない坂道で、クーラがこちらを振り返った。長い銀髪が肩から滑り、陽の光を受けて淡くきらめく。

 クーラは返事を待つ間、落ち着かない様子で袖口を指先でもてあそんでいた。


「ああ……素晴らしいよ。まるで俺が目指していた国を、そのまま体現してくれたみたいだ」

「ほ、本当ですか……!?」

 クーラの顔がぱっと明るくなった。


「ふふ、よかったです。ルイン様にそう言っていただけるなんて……わたくしまで誇らしい気持ちになります」

 クーラは自分が褒められたわけでもないのに、まるで自分の手柄のように喜んでいる。

両手を胸の前でこすり合わせ、嬉しさを隠せないように小躍りしている。


 その仕草を見て、ふと懐かしさが胸をかすめた。

 胸の前で、両手をこすり合わせる。

 本人は隠しているつもりなのに、嬉しさが身体に出てしまっている。

 娘の一人も、そんなクセを持っていた子が居たっけ。


 ヨリマシの巫女としての役目を背負っているとはいえ、話せば話すほど年相応の少女なんだな、と強く思った。



 ※



 人通りの多い大通りを抜けると、クーラは細い路地へ俺を導いた。石造りの壁が迫る小道は、先の方でいくつものアーチをくぐりながら折れ曲がっている。

 大通りの喧騒は、アーチを一つ越えるごとに遠のいていった。石畳に響く足音と、どこかの窓辺で揺れる布の音だけが聞こえる。


 その静けさの中で、クーラはふいに俺の左腕へ寄り添った。細い腕を絡めるだけでなく、肩まで預けてくる。

 近い、近すぎる。まるで恋人同士のような距離の詰め方に、俺は激しく動揺する。


「ク、クーラ? 急にどうしたんだ……?」

「……少しだけ、このままでいさせてください……」

 クーラの甘い声が、耳元をくすぐる。柔らかい身体が俺の腕に触れ、銀髪がさらりと揺れた。


 不意打ちのような甘え方に、俺の身体は一瞬で硬直した。

 心臓がどくんと大きく跳ね、頬から耳まで熱くなる。

 腕に感じる柔らかな重みを意識してしまい、どこを見ればいいのか分からない。


 待て待て、落ち着け。相手は少女だ。――いや、もう年頃の女の子というべきなのか?

 とにかく、俺はいい歳をした大人――というか、おっさんなんだから、これくらいで取り乱すんじゃない。

 しかし……そう自分に言い聞かせるほど、鼓動は速くなっていく。


 し、仕方がないだろ! 最初は魔王討伐を目指して、その次は孤児院設立、そして子育てときたもんだ!

 恋人を作る時間すらなかったんだよ! こういうシチュエーションはほとんど経験が無いんだよ! ……本当だからな! 決してモテなかったわけじゃないからな! うわあぁーーーん!!


 せめて余裕のある顔を見せようと、俺は背筋を伸ばした。だが、返事をしようとすると喉が絡まり、声が裏返りそうになる。

 平然を装おうとすればするほど、調子が狂っていき、どんどん悪化していく。


 だけど――なぜだろう。

 動揺したのは最初だけで、徐々に張りつめていたものがほどけていくような感じがするのは。

 胸の高鳴りではなく、むしろその逆――900年後の世界で目覚めてから一番の安らぎと心地よさを感じているのは。

 ずっと感じていたモノが――ついに言葉となって口からこぼれ落ちた。



「……テテネ、なのか……?」



 クーラの足が止まった。俺も、口にした名前の意味を理解して息を呑む。

 そんな……そんなハズがない……! 俺は、俺自身で否定していた。

 それなのに……腕に伝わる温もりも、寄りかかる重さも、あの子がそばにいた頃の記憶を呼び起こしていた。



「……ぷっ、あはははは! もう、お父様ったら! 気づくのが遅すぎますよ!」



 クーラは俺の腕から顔を上げると、こらえきれないように吹き出した。

 その笑い方に、俺の心臓が大きく跳ねた。聞き間違えるはずのない、その声。忘れるはずのない、その呼び方。

 クーラは俺の腕を離れ、くるりとこちらを向いた。それから、悪戯が成功した子どものように目を細め、指を鳴らす。


 淡い光が彼女の全身を包んだ。


 腰まで届いていた銀髪が、根元から毛先へと夜の色に染まっていく。

 長く真っ黒な髪は、背中を覆うほど真っ直ぐに流れている。前髪の隙間から覗く青みがかった瞳は、涙で潤みながらも俺を見つめていた。

 耳もまた、長く尖った形へと変わっていった。半分だけエルフの血を引く証。けれどその耳は長すぎず、少女の顔立ちによく似合っていた。

 光が消えた時、そこに立っていたのは――俺が死ぬ前に見た、13歳頃のテテネそのものだった。


「テテネ……? 本当に、テテネなのか……?」

 名前を呼んだ声が、かすれていた。


 テテネは、涙を浮かべたままふわりと笑う。

 優しくて、見る者の心を温かくさせる笑顔。けれど、嬉しさを隠しきれずに唇が震えている。


 俺は触れようと手を伸ばす――が、すぐさま止めた。

 触れてしまったら、泡のように消えてしまうんじゃないか。そんな考えがよぎったからだ。

 信じたい。けれど、信じるのが怖い。目の前にいるのに、まだ夢の中にいるようだった。


「――900年と53年223日ぶりですね、お父様。本当に……本当にお久しぶりです」

 テテネは、何かを確かめるようにゆっくりと告げた。声は、少しだけ震えていた。


 俺を『お父様』と呼ぶ声も、涙をこらえて笑う顔も、記憶の中にあるものと何ひとつ変わらない。

 夢なのか、それとも死後の世界なのか。考えれば分からないことばかりだ。

 だが……今はそんなことはどうでもよかった。もう会えないと思っていた娘が――テテネが、目の前にいる。

 それだけで、胸の奥に溜まっていた寂しさが一気に溢れ出しそうになる。


「あー……感覚的には昨日別れたばかりって感じなんだがな……」

 俺は恥ずかしそうに頭をかきながら言った。


 ウソだ。正直、今にも号泣しそうだ。

 確かに、俺が起きた時間から考えれば、それは本当だろう。

 だが、言い表せられないほど長い長い刻が経っているのが、不思議と体感として残っている。


「正直、もう二度と会えないと思っていた。けど、こうして――」

「お父様あああぁぁぁーーーっ!!」

 感動の言葉を最後まで言わせず、テテネは飛び込むように俺へ抱きついてきた。


「うおっ……!?」

 細い腕が俺の背中に回り、胸元に頬が押しつけられる。白い服がふわりと広がり、長い黒髪が肩から背中へ流れ落ちた。

 俺はよろめきながらも、なんとかテテネを受け止めた。


「ああ……やっと会えました……! 私……! ずっとずっと、お父様に会いたかったんです……!!」

「あ、ああ……。もちろん俺も――」

「お父様! お父様ぁ!! この900年と53年223日もの間、ずっとずっと寂しかったんですよぉ!!」

 テテネは俺の胸に顔を埋めたまま、言葉の合間に何度も何度も頬をすり寄せた。


「娘にこれだけ寂しい思いをさせたなんて……俺は悪い父親だな」

「お父様は悪くありません! でもお父様が悪いんですよ! あの時、どれだけ悲しい思いをしたことか……!」

 言っていることが支離滅裂だ。でも……確かにその通りだな。

 

「お父様……! お父様ぁ……!」

 絶対に離れたくないとでも言うように、背中へ回した腕にぎゅーっと力が込められる。ミシミシと、骨が軋む音が聞こえてくる。嬉しさと寂しさが一度に押し寄せて、抱きしめる力の加減を忘れているらしい。

 13歳の細腕とは思えない抱擁だった。さっきまで俺を拘束していた騎士団長の力が可愛く思えるほどだ。


「いでででっ! テ、テテネ! た、頼むからもう少し力を抜いてくれ……!」

「あっ、ご、ごめんなさい!」

 慌てて力を緩めたテテネは、俺の顔を見上げる。目元は涙で濡れているのに、頬は赤く、口元には笑みが浮かんでいた。


「でも……でもこの想いは抑えきれないの……!!」

 次の瞬間には、また俺の胸元へ顔を寄せてしまう。溢れる900年分の想いが、より俺の胸に深く埋もれていく。


「クンクン……! ああ! お父様の匂いがします! ちょっと酸っぱいような、古くなったタンスを開けたような、あの懐かしい孤児院の匂いが!」

「や、やめてぇ!! 俺のニオイを嗅いじゃダメぇ!!」

 ニオイを気にするお年頃なんだ! そんなにクンクン嗅がないでくれぇ!!

「ああ……! お父様……! お父様あああぁぁぁーーー!!」



 俺の抵抗も虚しく、テテネは小一時間近く抱きしめたまま、俺のニオイを堪能したのだった……。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけるとうれしいです。

ご感想も大歓迎です。


引き続き、本作をよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。