(1-35)ガイダンス
「ちょっと電話してみるわね」
伸江は純恋の番号を呼び出した。
呼び出し音が鳴ることを期待していたが、すぐに機械的な音声が流れ始めた。
『おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか電源が入っていないためかかりません』
「……え?」
伸江は思わずスマートフォンを耳から離した。
もう一度、画面を確認する。
番号は間違っていない。それなのに電話がつながらない。
「どうした?」
隆文が尋ねた。
「電話がつながらないの。電源が入っていないんだって」
「充電切れか?」
「そうなのかしら……」
確かに、純恋がスマートフォンの充電を忘れることはときどきあった。動画を見たり、劇団の仲間と連絡を取り合ったりしているうちに、気づけば残量が少なくなっていることもあるらしい。
だから今回もそうなのかもしれない。
けれど。
「今日はバイトはないのよね?」
「ああ。稽古だけだって言ってたんだろ?」
「そうなのよ」
伸江はもう一度メッセージ画面を開いた。
既読はついていない。
胸の奥に小さな不安が生まれていた。
これまでも純恋の帰りが遅くなることはあった。
公演が終わった後、劇団の仲間たちと打ち上げに行き、話が盛り上がって終電を逃してしまったこともある。そのときは朝までカラオケで過ごし始発電車で帰ってきた。
翌朝、眠そうな顔で帰宅した純恋を見て、伸江は呆れながらも笑ったものだった。
しかし、あのときは連絡があった。
|終電なくなっちゃった
|ごめんね
|朝には帰るから
そんなメッセージが届いていたから、心配しながらも待つことができた。
今回はそれがない。
電話もつながらずメッセージも読まれていない。
「……何かあったのかしら」
伸江がぽつりと口にすると、隆文も黙り込んだ。
さっきまでいつもの帰宅の遅さだと思っていた。けれど、そう考えるにはいくつもの小さな違和感が重なりすぎていた。
「劇団の人と一緒にいるんじゃないか?」
「でも、それなら一言くらい連絡をくれてもいいでしょう?」
「まあ……そうだけどな」
隆文も、これ以上は楽観的なことを言えなかった。
二人は夕食を取りながらも何度となくスマートフォンを確認した。
画面に変化はない。純恋からの連絡もなければ、こちらから送ったメッセージに既読がつくこともなかった。
時計の針はゆっくりと夜の十時を過ぎていった。
「もう一度、電話してみようかしら」
伸江はそう言って再び発信した。
けれど結果は同じだった。
あの無機質なガイダンスが何事もなかったかのように流れるだけだった。




