(1-33)うわーん!
何とか我慢しなければ。
しかし、このままではいつまでもつかわからない。
純恋は暗闇の中で必死に考えた。
何か使えるものはないだろうか。
「あっ」
ふと、稽古のあとに汗を拭いたタオルのことを思い出した。
こんなことに使うつもりなどもちろんなかった。けれど、ほかに方法が思いつかなかった。
純恋は、ためらいながらも狭い空間の中で身体をよじった。膝を壁にぶつけ、肩を扉に押しつけながら、何とか鞄からタオルを取り出す。
少しでも身体を動かせば、金属の壁がごつごつと当たった。
思うように身動きが取れない。それでも、何とか体勢を整えタオルを股に挟む。
「……大丈夫。大丈夫だから……」
自分に言い聞かせながら、純恋はできるだけ慎重にことを済ませようとした。けれど、狭すぎる空間と無理な姿勢のせいで、思ったようにはいかなかった。
最初は、何とかタオルに染み込ませられていると思った。しかし、途中からうまくいかなくなり、気づいたときにはロッカーの底にも漏らしてしまっていた。
「……ああっ」
純恋は動きを止めた。
どうすることもできなかった。
すぐ目の前にある金属の壁。身体を動かすことさえ難しい空間。そこから逃げ出すこともこぼれたものを片づけることもできない。
ただ、そこにいるしかなかった。
しばらくの間、純恋は何も考えられずにいた。
やがて、じわじわと情けなさが込み上げてきた。
――私、いったい何をしているんだろう。
二十二歳にもなって。
こんなところに閉じ込められて。
誰にも助けてもらえなくて。
暗いロッカーの中でお漏らしまでして……。
「……うそでしょ……」
かすれた声が漏れた。
目の奥が熱くなった。
どうして自分がこんな目に遭わなければならないのだろう。
ほんの少し稽古をしたかっただけなのに。
誰かに迷惑をかけようとしたわけでも悪いことをしたわけでもない。
ただ、好きな芝居をもっと上手になりたかった。
それだけだった。
なのに。
「……なんで……」
ぽろりと涙がこぼれた。
一度こぼれると、もう止められなかった。
情けない。
本当に情けない。
誰にも見られていないのに、誰にも聞かれていないのにどうしようもなく恥ずかしかった。そして、それ以上に悲しかった。
助けてほしい。
誰かに見つけてほしい。
ここから出してほしい。
そんな当たり前の願いさえ今の自分には届きそうになかった。
「う……っ」
純恋は口元を押さえた。
けれど、こらえようとすればするほど嗚咽が込み上げてくる。
「うわーーーーーーーーーーん!」
とうとう声を上げて泣き出した。
「うわーーーーーーーーーーん! うわーーーーーーーーーーん!」
子どものような泣き声が狭い金属の箱の中に響いた。
もう、格好なんてどうでもよかった。
二十二歳だとか、大人なんだからしっかりしなければとか、そんなことを考える余裕はどこにも残っていなかった。
怖い。
苦しい。
寂しい。
そして、何よりも誰にも気づいてもらえないことがただただ悲しい。
純恋は、暗く狭いロッカーの中で身体を丸めたまま泣き続けた。
その声は金属の扉に遮られ外へ出ることはなかった。
建物のどこかでは今も誰かが働き、誰かが帰り、誰かがいつもどおりの夜を迎えようとしている。
そのすぐ下で。
誰にも知られることなく、一人の若い女性が助けを求めて泣いていた。




