(1-32)尿意
どれくらい叫んだだろう。
どれくらい助けを求め続けただろう。
一時間は経っただろうか。それとも、もう二時間くらい経っているのだろうか。
時間の感覚など、とっくになくなっていた。
暗く狭いロッカーの中。膝を抱えるようにして身を縮めていると、金属の壁が冷たく身体に伝わってくる。何度も扉を叩き、何度も声を張り上げたせいで喉はひりひりと痛んでいた。
もう叫ぶのもつらい。
それでも、黙ってしまったら本当に誰にも気づいてもらえなくなる気がした。
純恋はときどき思い出したように扉を叩いた。
「誰か……いませんか……」
けれど返事はない。
耳を澄ましても、エレベーターの到着音も人の足音も聞こえてこなかった。
静かだった。
あまりにも静かすぎた。
この建物のどこかでは、きっといつもどおりの時間が流れているのだろう。歯医者には患者が来て、受付の人は電話に出て、仕事を終えた人たちは帰り支度をしているかもしれない。なのに、自分だけがこの暗闇の中に取り残されている。
そのことがたまらなく恐ろしかった。
――このまま出られなかったら?
ふと浮かんだ考えが頭から離れなくなった。
このまま誰にも気づいてもらえなかったらいったいどうなるのだろう。
家に帰れない。
お風呂にも入れない。
ご飯だって食べられない。
家族は、帰りの遅い自分を心配するだろうか。連絡をしようにもスマートフォンは充電が切れている。友達だって、まさか自分がこんなところに閉じ込められているなんて夢にも思っていないはずだ。
稽古の続きをやりたくてほんの少し寄り道をしただけなのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
考えれば考えるほど悪い想像ばかりが膨らんでいく。
「……いやだ」
純恋は小さくつぶやいた。
「こんなのいやだよ……」
声が震えた。
何とかしなければ。
何とかしてここから出なければ。
そう思うのに扉はびくともしない。
何度押しても叩いても、内側には取っ手ひとつない。自分の力ではどうにもならないという事実がどんどん純恋を追い詰めていった。
そのときだった。
ふと、別のことが頭をよぎった。
「あ……」
純恋は思わず身体をこわばらせた。
「トイレ……どうしよう……」
考えてみれば、ここに閉じ込められてからずいぶん時間が経っている。
そう意識した途端、急に尿意が気になり始めた。
いや、気にしなければいい。
今はそれどころではない。とにかく誰かに見つけてもらうことが先だ。
そう自分に言い聞かせる。
けれど不思議なもので、気にしないようにすればするほどかえってそのことばかりが頭に浮かんでしまう。
まずい。
純恋は落ち着こうと深呼吸した。
まずい、まずい……。
膝を寄せ身体に力を入れる。けれど、そんなことをすればするほどますます意識がそちらに向いてしまう。
「お願い……今はお願いだから……」
誰に向かって言っているのか自分でもわからなかった。




