(1-31)助けて
誰かが近くを通れば聞こえるかもしれない。
エレベーターを降りた人が声に気づいてくれるかもしれない。
だから叫ぶ。
何度も。
何度でも。
「誰かーーーーー!」
「ここです! 誰かいませんかーーーーー!」
純恋は声を上げては耳を澄ませた。
少し叫んで待つ。
また叫んで待つ。
その繰り返しだった。
どれくらい時間が経ったのだろう。
五分か、十分か。それとも、もっと長い時間だったのか。暗いロッカーの中では時間の感覚がよくわからない。ようやく喉を休めようとしたとき純恋は思い出した。
そうだ。
あの音。
エレベーターが到着するときの、あの「チン」という音。あれが聞こえれば誰かが来たということだ。その人に気づいてもらえばいい。
純恋は扉に耳を近づけた。
じっと待つ。
耳を澄ます。
……。
何も聞こえない。
もう少し待ってみる。
……。
やはり何も聞こえなかった。
地下の通路は、まるで世界から切り離されてしまったかのように静まり返っていた。
純恋はゆっくりと顔を上げた。
「……誰も……来ないの?」
声に出した途端、急に心細くなった。もちろん、すぐに誰かが来るとは限らない。たまたま今は誰も来ていないだけかもしれない。
そうだ。
そうに決まっている。
少し待てばきっと誰かが来る。
自分にそう言い聞かせ、今度は扉を叩きながら叫んだ。
ドン、ドン、ドン。
「誰かいませんか!」
ドン、ドン、ドン。
「ここにいるんです!」
何度も叩く。
手のひらがじんじんしてきてもやめなかった。
声を出し、扉を叩き、耳を澄ます。
その繰り返し。
けれど、返ってくるのは自分の声と金属の壁に跳ね返る音だけだった。
誰も来ない。
誰も気づかない。
誰にも届いていない。
そんな考えが頭をよぎった瞬間、純恋の中でかろうじて保っていたものが揺らいだ。
「……いや、そんなことない」
首を振る。
「絶対、誰か来るから……」
声が震えていた。
大丈夫。
きっと大丈夫。
そう思おうとするのに暗闇が不安を膨らませていく。
このまま誰も来なかったら。
もし、今日一日誰もこの部屋に入らなかったら。
明日になっても誰も来なかったら。
そこまで考えて、純恋はぶんぶんと首を振った。
だめだ。
そんなことを考えたらますます怖くなる。
だから考えないようにした。
ただ声を出す。
誰かに気づいてもらう。
それだけを考える。
「誰かーーーーー!」
もう一度叫んだ。けれど声はだんだんかすれてきていた。
喉が痛い。
息も苦しい。
それでもやめられなかった。
純恋は扉に向かって拳を握りしめた。
「誰か、いませんかーーーーー!」
返事はない。
「助けてください!」
声が裏返った。
「助けてください!!!!」
自分でも何を叫んでいるのか分からなくなっていた。
ただ、誰かに届いてほしかった。
誰でもいい。
誰か一人でいい。
ここに自分がいることに気づいてほしかった。
「誰かーーーーー! 助けてーーーーーー!」
純恋の絶叫が狭いロッカーの中に響いた。
その声は金属の壁にぶつかり、跳ね返り、やがて消えていった。
外の世界はいつもどおり動いている。
エレベーターは上の階と下の階を行き来し、ビルの中では人々が仕事をしている。四階の歯科医院にも患者が訪れているかもしれない。
けれど、地下の片隅にある小さなロッカーの中で純恋が助けを求めていることを知る者は、誰もいなかった。




