(1-28)ロッカー2
次は、こちらのロッカーを開けるかもしれない。
そうなったらどうする?
「すみません、勝手に入っていました。ごめんなさい」
そう言えば許してもらえるだろうか。いや、勝手に入っただけではない。照明を点け、ロッカーに荷物を入れ、あろうことか今は見つからないように隠れているのだ。
自分で考えてもひどい話だった。
別に盗みを働いたわけではない。
何かを壊したわけでもない。
ただ、少しだけ稽古をしたかった。
それだけなのに。
もし不法侵入ということになったら?
警察を呼ばれたりしたら?
純恋の頭の中で悪い想像ばかりが膨らんでいく。
「では、こちらの条件で検討してみます」
「ありがとうございます。何かありましたらご連絡ください」
やがて、そんな声が聞こえた。
二人は最後にもう一度、部屋の中を見回しているようだったがロッカーを開けることはなかった。
足音が遠ざかる。
ドアが閉まる。
そして、鍵の掛かる音がした。
カチャリ。
静寂。
純恋はすぐには動かなかった。
本当に出ていったのだろうか。
まだ外にいるのではないか。
しばらく待ってから、ようやく小さく息を吐いた。
「……はああああ」
全身の力が抜けた。
危なかった。
本当に危なかった。
まさか、あんなタイミングで人が来るなんて。
「やばかったぁ……」
小さな声でつぶやく。
心臓は、まだ速く打っていた。でも、何とか見つからずに済んだのだ。二人はもう帰った。鍵も掛けて出ていった。
なら、もう大丈夫だろう。
純恋はようやく落ち着きを取り戻し始めた。
「……もう戻ってこないよね?」
もちろん返事はない。
「今日はスマホの充電だけして帰ろうかな」
さすがに今から稽古をする気にはなれなかった。コンセントの場所を探してスマートフォンを充電する。それだけ済ませたらさっさと帰ろう。
そう考えながら純恋はロッカーの中で体を少し動かした。
そろそろ出よう。いつまでもこんなところに隠れているわけにはいかない。
ところが。
扉を押そうとした手が途中で止まった。
(……ん?)
何かおかしい。
もう一度、力を入れてみる。
動かない。
「あれ?」
純恋は取っ手を探るように手を伸ばした。しかし、指先に触れるのは金属の冷たい感触だけだった。
外から開けるための取っ手はある。
けれど内側にはない。
扉を引くためのくぼみも、つまみも、何もなかった。
「……え?」
純恋は、もう一度扉を押した。
やはり開かない。
さっき慌てて中に入り扉を閉めたとき、自分がどうやってそれを閉めたのか。そのときは考えもしなかった。オフィスロッカーは外側から開閉するものだ。中に人が入って、内側から開けることなど想定されていない。
純恋はこの時、まだそのことに気づいていなかった。ただ、目の前の扉が開かないという事実だけが、少しずつ確かなものになっていく。
「……うそ」
もう一度、取っ手を探す。
無い。
「え、ちょっと……」
扉を押す。
びくともしない。
「え? えええ……?」
声が震えた。
さっきまで何とかやり過ごせたと思っていた。見つからずに済んだ。もう帰れる。そう思っていた。
なのに。
純恋は、暗いロッカーの中でようやく自分の置かれた状況を理解し始めた。
出られない。
このままでは出られない。
「……うそでしょ?……」
思わず漏れた声は、狭い金属の箱の中で頼りなく響いただけだった。




