(1-27)ロッカー1
純恋はぴたりと動きを止めた。
(……え? 誰か来た?)
地下の通路にはこの部屋以外に目立ったものはなかったはずだ。
話し声もする。
純恋の心臓がどくんと跳ねた。
まずい。
当然ここは自分の部屋ではない。勝手に入っているだけなのだ。
見つかったら、何と言えばいいのだろう。
「すみません、ちょっと稽古を……」で済むだろうか。
いや、そもそも誰の許可も得ていないのにこんな場所に入っていること自体が問題なのではないか。
純恋は慌てて照明のスイッチを切った。部屋が一瞬で暗くなる。そして、ほとんど反射的にバッグを入れたロッカーへ駆け寄った。
扉を開けて中に滑り込む。
狭い。
ただ、狭かったけれども立ったままなら何とか体を収められた。上手く体を横にすれば体育座りくらいはできるかもしれない。
純恋は息を殺し、そっと扉を引いた。
その直後。
ガチャガチャ。
外から鍵を開ける音が聞こえた。
続いて扉が開く。
「中はこんな感じでけっこう広いんです。普通のオフィスとしても使い勝手はいいですよ」
男の声だった。
純恋はロッカーの中で息を殺した。
もう一人の男が落ち着いた声で答える。
「ああ、きれいですね。それに思っていたより広いです。うん、いいですね」
どうやら部屋を見に来たらしい。
不動産会社の人間と、物件を借りようとしている客だろうか。純恋は自分が何をしているのかも忘れそうになりながら、ただじっとしていた。
「この広さなら事務机を並べても十分ですね」
「そうですね。レイアウトもしやすいと思います。地下ですから外の音もあまり気にならないでしょうし」
二人の声が部屋の中を行き来する。
純恋はひたすら息を潜めていた。
(お願いだから早く出ていって)
(見つからないよね……)
心の中で何度も繰り返す。
ところが、しばらくしてもう一人の男が思いがけないことを言った。
「このロッカーは?」
純恋の全身が凍りついた。
――ロッカー。
部屋にはロッカーが三台あり、そのうちの一台にまさに今自分が隠れている。
「ああ、これは前の会社が置いていったんですよ」
案内している男が答えた。
「その会社ではもう使わないらしくて。そんなに古くもないので次に入る方に使ってもらえたら、ということでそのままにしてあるんです」
純恋は唇をぎゅっと結んだ。
(どうかそのままにしておいてほしい)
そう願った直後、男の手がロッカーの扉に掛かったらしい。
ガチャリ。
「ご覧のとおり中は空です。不要ということでしたらこちらで処分しますよ」
純恋のいる場所からは、隣のロッカーの様子をうかがうこともできない。
男たちが何を見ているのか、どこまで近づいているのか。それすら分からなかった。
「なるほど。まあ、使えるならあってもいいですね」
「そうですね。あとで寸法を確認しておきます」
会話が続く。
純恋は、自分の鼓動が外にまで聞こえてしまうのではないかと思った。




