(1-25)数日後
それから数日後。
その日の稽古は、何度か利用している貸しスタジオで行われていた。
劇団にとって時間は貴重だ。限られた予算の中でスタジオを借りているため、延長料金を払ってまで稽古を続ける余裕はない。予約した時間が終われば、どれだけ途中であっても片付けて出ていかなければならなかった。
「はい、今日はここまで。次は歌の頭から合わせるから、各自、振りを確認しておいてね」
演出家の声に劇団員たちが一斉に返事をした。
純恋はまだ踊り足りなかった。
今日の稽古で、どうしてもうまくいかない箇所があったのだ。歌に合わせて動き出すタイミングが何度やっても微妙にずれる。頭では分かっているのに体がついてこない。
もう一度だけ。
あと一回だけ。
そう思っているうちにあっという間に時間が過ぎてしまった。
「……あーあ、もう終わりか」
純恋は床に置いていたバッグを拾い上げた。
他の劇団員たちは次々に着替えたり荷物をまとめたりしている。誰かが次の公演の話をしていて、誰かがアルバイトのシフトを気にしていた。
いつもどおりの光景だった。
純恋も着替えを済ませ、バッグの中からスマートフォンを取り出した。
画面を見ようとして首をかしげる。
「……あれ?」
画面は真っ暗だった。
電源ボタンを押してみる。もう一度押す。
反応はない。
「あっ、やば。充電切れてる」
そこで、ふいに思い出した。
稽古前にネットで話題のダンス動画を観ていて、そのまま自動再生の設定を切り忘れていた。稽古の時間になって慌ててスマートフォンをバッグに放り込んだのだった。
「うわー、ずっと再生されてたのかな……」
画面がつけっぱなしになっていたわけではないとは思うものの、バッテリーは消耗してしまっていた。
充電器は持っている。しかし、もうスタジオを出る時間だった。
「ねえ、いま何時だっけ?」
近くで荷物をまとめていた劇団仲間に尋ねた。
「四時過ぎたところだよ。どこか行く?」
「あ、うん……」
純恋は少し考えた。
まだ夕方だ。
このまま帰るには早い。かといって、もうここには居られない。
そのとき、あの部屋のことが頭に浮かんだ。
ビルの地下にあった何もない空間。
あれから数日が経っていたが、純恋はあの場所のことを忘れていなかった。誰にも邪魔されず、好きなだけ声を出し、思い切り体を動かせる場所。あんなところが自由に使えたらどれだけ助かるだろう。
もちろん正式に借りているわけではない。
それでも、先日は鍵が開いていたし誰かが使っている様子もなかった。
今日も開いているかもしれない。
――行ってみたい。
けれど、わざわざ仲間を誘って電車に乗り、もし鍵が閉まっていたらどうする。何もできずに帰ることになれば付き合わせた相手にも申し訳ない。それに、あの場所はまだ誰にも教えていない。自分だけの秘密にしておきたいという気持ちも、どこかにあった。
「どこか行く?」と尋ねた仲間が、不思議そうにこちらを見ている。
純恋は慌てて笑顔を作った。
「あ、うん。ちょっと寄るところがあって」
「そっか。じゃあ、また次の稽古でね」
「うん、お疲れさま!」
曖昧に手を振り、純恋は仲間たちと別れた。




